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2003年12月号掲載

〜関西合同三田会開催〜

11月16日(日)予報では雨も心配されましたが、秋晴れの下大阪市中央公会堂で関西合同三田会が大阪慶應倶楽部主幹で行われました。
我が神戸慶應倶楽部からは当日登録を含め40数名の会員が参加いたしました。

私も永年大阪で仕事をしていますが、中ノ島の公会堂には入ったことが無く大変楽しみに致しておりましたが、期待どおり大正ロマンの香りを残した公会堂内部の雰囲気には気後れさえする重厚さ、歴史の重みとそれを支える大阪の人々の気心を感じました。
午前10時、大阪慶應倶楽部の錢高一善会長のご挨拶にはじまり、服部禮次郎連合三田会会長のご祝辞のあと、安西祐一郎塾長の記念講演と、厳かな中にも新しさを感じさせるお話が続きました。

中でも塾長の「慶應義塾と国際交流」の講演には“流石慶應!”あるいは“塾出身者で良かった!”と誇りの持てる活動をされている塾の素晴らしさをあらためて感じる事が出来、私だけの感じ方かもしれませんが“最早、慶應義塾は大学をはじめとした教育の場だけに留まらず、世界にネットワークをもつ巨大な研究センターになっている“と云う感を強く持ちました。

更にはその巨大研究センターの中核を成す「語力に溢れた人間形成、見識の高い人材の育成」まで踏み込んでいる塾の姿勢には頭の下がる思いをもったのは私だけでは無いでしょう。

場所を3階に移しての大懇親会は小川理子さんが演奏するJAZZバンドの調べとお酒に酔いながら歓談、大福引抽選会では高橋さんが寄贈された真珠のネックレスが最大の目玉賞品として紹介され、当選者は場の全員から羨望の眼差しを受ける栄誉に浴されることとなりました。

私としては昨年の奈良に引き続き参加を致しました関西合同三田会ですが、其々のホスト倶楽部の一生懸命になって準備されたご苦労の跡が伺え、また同じ塾出身者として関西が一つの気持ちになれる唯一の機会と云うことを今年は強く感じました。

是非、来年の京都にも出かけてみたいと考えています。

記事:中内 豊(昭57商)

2003年11月号掲載

 

〜〜10月例会レポート〜〜

梶田 裕嗣(昭56法)

10月22日(水)、久しぶりに倶楽部ルームでの例会に顔を出し、元野村証券兜寰ミ長であられました田窪忠司先輩(昭37法)の「昨今の金融情勢について」という演題でお話を伺いました。
お話の展開と致しましては、大きく分けて、

(1)日本の財政赤字の継続
(2)通貨価値の下落
(3)半世紀に一度の資産大移動

の3点について詳しく解説をして頂きました。

10年間に及ぶ不況の継続、デフレによる資産、商品物価の下落、企業業績の悪化に伴う雇用不安が続く現状ですが、個人的には新聞報道等で「回復傾向に向かっている」と思い込んでおりました。しかし、お話を伺うにつれ「えらいこっちゃ。これはまだまだ本格的に回復しない。褌を再度締めなおさないといかんなあ。」と尽々思うにいたりました。

(1)について、私などは単純に「郵政民営化に続けて国の事業を順次民営化していけば税収が増えて何とかなるんだろう。」などと簡単に考えていましたが、そんな小手先でゆるゆると抵抗勢力といわれる方々と丁丁発止している場合ではないということをひしひしと感じました。

又その結果行き詰まるとロシアの如く(2)になるような施策に無理やり及ぶ可能性も高いと伺い、昔の徳政令や金貨の改鋳、上米政策、資産凍結等々を思い浮かべながら、「何時の時代もお上はお上なんだ。」とつい思ってしまいました。
そして最終的に個人が動くべき(3)については個人ごとに形は異なるわけですが、いくつかの具体的方法について詳しくご教示いただきました。

最後にオプションで陰陽に基づく「算命学」についてもお話いただきました。
お話終了後、美味しいお寿司とビールを頂きながらの質疑応答の時間となり、幾多の質問にも丁寧に応答して頂きました。
しめくくりに、「若き血」の合唱と内山先輩のエールで例会はお開きとなりました。
帰り道は日本シリーズの動向も気にはなりましたが、虎ならぬライオンさんの動向もこれからもっと注意しなければと思い家路につきました。

2003年10月号掲載

〜〜9月例会レポート〜〜

『中秋の名月鑑賞会』

神谷 法寛(昭47政)

私自身は自営独立したこともあり、ほぼ2年半振りに例会参加させていただきました。久しぶりに多くの方々とお会いできると楽しみにしておりましたが、平日だったからと思いますが35名の出席でした。

当日は内山景介君の名司会で始まり、何と言ってもメインは中秋の名月を愛でながら、観光船ルミナスで明石大橋を見学し、この6月に、本州四国連絡橋公団の総裁に就任された堀切民喜先輩(昭29経)のお話をお聞きするという事でした。非常に重責のお仕事ながら淡々と自信を持ったご説明をいただき本四連絡橋についての認識を新たにさせられました。

要点を簡単にまとめますと

  • 経済効果が大で、かつ基本料金の28%引きの(旧特別料金の10%引き)価格設定が交通量増大に多大に寄与している。
  • 3ルートに17橋もあり、かつ狭い場所にそれぞれのルートがある様に錯覚しているが最狭でも尾道〜倉敷で70キロもあり、すべて異なった県を結んでいる。
  • 中央支間長1991メートルは世界一であり、レインボーブリッジの約5倍もあるという事。
  • 平成15年度に債務切り離し(1,34兆円)により黒字に転換する。
  • 阪神タイガース優勝時にはイルミネーションをトラ色に点灯し祝福する。
  • 最後にかなりショックな事ではありましたが、アメリカのピッツバーグ(鉄鋼の都市)の学生が神戸に来て見学するポイントが有馬温泉と西宮の酒蔵というのは、何か淋しい気がしました。
  • 公団としてもっと明石大橋を神戸市の観光の目玉にしていただきたく行政に要請したい。

観月会とは言え船上ではかすかにしか満月が見れませんでしたが、下船した時に完全に鑑賞する事が出来ました。しかし5分後には雨が降り出しましたけども・・・。
幹事の方々、お料理もおいしく楽しい時間をありがとうございました。

2003年9月号掲載

『お帰りなさい。瀬戸雄三先輩!』

神戸慶應倶楽部会長 和田憲昌

久しぶりに、倶楽部に緊張が走り、高揚した雰囲気が漲るのを全身で感じました。
なにをもて、かくも人は場を創ることができるのか・・・、改めて先輩の偉大さに感銘を受けました。嬉しくて、嬉しくて小生も心が熱くなりました。

「お帰りなさい、瀬戸雄三先輩!」倶楽部会員一同、鶴首してお待ちしておりました。
先輩はトップからどん底に落ちた会社を再びトップランナーへと蘇らせ、名実ともに世界のリーディング・カンパニーに育て上げられました。

地獄を天国に変えた男、率先垂範の人、気概の経営者・・・・・。その半世紀におよぶ偉業と生き方を讃える尊称は枚挙に暇がありません。泥をかぶっても、まず自らが実践するという姿勢、そして瀬戸イズムの礎である「感動の共有」は、日本の数多の経営者に大きな影響を与えられました。

小生も先輩を人生の師と仰ぐ一人でございますが、何よりも小生が先輩から学んだことは、「当たり前のことを、当たり前に粛々と行う」ということです。それは、今の私の経営哲学であり、生き方の基本となっております。
今、日本全体に底知れぬ不安が蔓延しております。壮年世代の喪失感、若い世代の無力感・・・・・、

老若男女すべての世代が自信喪失という病に冒されています。
今ほど、瀬戸先輩の力強いメッセージを日本が必要としている時はないと思います。
遠大な夢を持ち、その夢に向けて一直線に生きてこられた先輩の哲学と思想の中にこそ、日本を蘇らせるエナジーが脈打っていると小生は信じております。
明治の偉大な啓蒙家、塾祖福澤諭吉先生の正統なる継承者のお一人として、私たちに逞しく生きるためのメルクマールを与えていただきたいのです。特に、次代を担う世代に生きる喜びと勇気を与えていただきたいと心からお願い申し上げます。

神戸慶應倶楽部へのまたのご出席を、心よりお待ちしております。


(写真提供:KLA会員下岡恵子さん)
2003年8月21日(木)18:30
会場:ホテルモントレ神戸

2003年8月号掲載

〜サマー・パーティ開催する〜

今中 茂義(昭52経)

梅雨空のもと、12日(土)午後6時よりポートピアホテルの南館、改装して1年前後のテラスバンケット<レヴァンテ>にて56名の参加を得て開催された。

当日は、ウッチーこと内山景介君の司会で始まった。
和田会長の挨拶、堺幹事長の会務報告等々と進行し、その後初参加で、神戸にて1年間の司法修習生活を送られる鈴木貴之君(平11法)及び高木紘子君(13法)の自己紹介があり、両君の初々しさ、若々しさを感じた。続いて五代副会長の乾杯の音頭で会食、懇親の場へと移った。美味しい料理とお酒に何時もながら、ポートピアホテルの中内社長のご配慮に感謝。

さて、お腹も程好い加減に成ったところで、恒例のオークションに移り、ウッチーの軽快な手綱さばきで進められた。
ご提供頂いた品物の中には、優勝をほぼ確実にした阪神タイガースの甲子園での13日の巨人戦チケットを始め、優勝が決まりそうな8月下旬の 横浜戦などのペアーチケットが高値で落とされた。その他五代副会長の描かれた絵画や鮮魚類等多くの出席会員のご協力により、総額26万円の運営資金を得ることとなった。

パーティも終わりに近づき、高橋副会長の閉会挨拶の後、全員で「若き血」を熱唱し散会した。時刻も10時を過ぎていた。
なお、余計なことですが、13日の阪神・巨人戦は雨で中止となり、チケットの行方は・・・・・?

2003年7月号掲載

〜〜6月例会レポート〜〜

徳丸公義(昭54商)

夕方から雨脚が強くなった24日に6月度の会合が倶楽部ルームで開催された。本日の出席者は足元の悪い中20数名と部屋は満員御礼の状況だ。堺幹事長が所要のために私が急遽代打で司会をする。
講師は、塾の先輩の京都産業大学経営学部教授の安永利啓氏(昭和45年商博卒業)である。

テーマは、「国際会計と日本の会計ビッグバン」。時流に乗ってはいるが堅い内容だ。

皆さんの反応はどうであろうか?との私の心配をよそに安永先輩は、財務諸表の体系に始まり各種財務分析(流動比率、自己資本比率等)を株式会社ダイエーの過去の決算書をベースによどみなく解説を進める。以前からすでに債務超過になっていることや流動資産を相殺後の1年以内に返済すべき流動負債が7,000億円に上ること。加えてこの数年の国際会計の動きとわが国の対応と今後の会計課題にも触れられた。鋭い質問も飛び交い、盛り上がる。

その後初参加者の春田並子さんの自己紹介。この春法学部を卒業したばかりの素敵なお嬢さんである。お試し参加というものの、是非当倶楽部へ入会してほしい。

その後連絡事項をいくつか経て8時過ぎに散会。やはり夏場はクーラーが切れると暑い。
再び雨の中へ。

2003年6月号掲載

 

会長挨拶 『総会を終了して』

和田憲昌

神戸慶應倶楽部会長に就任して初めての総会を無事終了させて頂きましたことをお礼申し上げます。
上島前会長が敷かれましたレールの上を走るだけの一年でありました。素晴らしい運営手法を導入していただきましたことに敬意を表します。そして堺幹事長以下執行部の皆様、彼らを支えていただきました会員の諸兄姉に心より感謝申し上げます。

さて、現在の我が国は海図の無い大海原を航海していると言われております。まさしく近代日本の夜明けと同じ状況下にあるのではないでしょうか。今我々の塾祖福澤諭吉先生の思想を海図にしようとする動きがあります。先生の影響を受けた我々こそが、その先頭に立つ権利と義務があります。
本年度はその真髄に近づく為の企画を実現したいと考えております。引き続き暖かいご支援を宜しくお願い申し上げます。

 

幹事長挨拶 

堺 充博

芦原前幹事長の後を受けて神戸慶應倶楽部の世話役を任され、早や1年が過ぎました。振り返ってみると、親睦面については皆様にご満足いただけたと思いますが、研鑽の面では満足のいく運営ができませんでした。
本年度は、今後の仕事や生活に何か得るものがあった、出席してよかったと感じていただけるような例会運営を心がけたいと思います。

会員の皆様にも積極的に卓話のお願いをすると思います。また、適任の講師をお知りの方は、是非ご紹介いただきたいと思います。のみならず、会の運営に関しまして、ご遠慮なくご意見を出していただき、1人でも多くの会員が楽しく例会や同好会に参加していただけるより良い神戸慶應倶楽部にしたいと考えています。

本年度は、あえて会員増加の目標を立てませんでした。しかしながら、地域に在住、勤務する1人でも多くの方に参加していただくべく、門戸は開放しています。当会にふさわしい塾員をご存知の方は、積極的にご勧誘いただきたいと思います。
本年も、会員の皆様のご協力をお願い申し上げます。


2003年5月16日(金)
(神戸メリケンパークオリエンタルホテル)

2003年5月号掲載

〜〜4月例会レポート〜〜

4月22日(火)和田ホールにて開催されました。
講師は兵庫県盲導犬協会理事:島田 剛氏と盲導犬モネちゃんです。

先ず協会事務局の吉川弓子さんから現況の説明がありました。全国で135千人の視覚障害の方がおられるにもかかわらず今は900頭しか活動していないということ、中でも県下では50頭、神戸市内ではわずか17頭の活動だそうです。

ここで、メインゲストの島田氏に代わり、本題に入ります。パートナーとしてのモネちゃんとの生活や、世間に対する要望などのお話を実に感動的に聞かせていただきました。

島田氏自身は、ハンデを見事に克服され、剣道・空手・少林寺拳法の世界でも数少ない資格をお持ちで、かってはパラリンピックで活躍されたそうです。
神戸の地震に遭遇した時、市内の地図が一変してしまい、白杖ではとても外には出られないことを身を持って痛感し、協会に駆け込んでモネと出会い、それ以来のパートナーだそうです。 
盲導犬の素晴らしさのスリーS(Speed・Safety・Smart)、モネと一緒ならなんでもできる。

近くの懇親会の席への移動も、階段は正眼の方と同じようにスイスイと下りられたり、モネとの会話などをお聞きしても、一心同体での強い絆で結ばれているのが、まさに胸打たれる思いで感じられました。

ここで、欠席された方のために、お話の一部をお教えしましょう。
「何かお手伝いしましょうか?」というお声かけ、とても嬉しいそうです。
そして犬には、声をかけない、触らない、食べ物をやらないでほしいということ。
「クロック・ポジション」例えば、お皿の中には、6時にお肉、9時にご飯、3時にお汁、12時にサラダ、ビールは9時の外にという風に言ってもらうと、よく分かるということ。この日もビールをずい分召し上がっていました。盲導犬を使う方は免許が必要だそうで、これでは飲酒運転で罰金だなぁ!というジョークも出るほどに楽しい時間を共有していただきました。

この日、モネちゃんは紺色の素敵なコートを着ていました。これも決してオシャレではなくて、訳があるということ。毛を床に落とさない、夜間になると蛍光テープで安全が確保できるということ、こんなことも勉強しました。

吉川さんとは、駅の改札口で別れあとは地下鉄で押部谷まで、二人でいつも通りに帰られて行きました。
協会の活動は、http://www.moudouken.org/で詳しく紹介されています。また、パンフレットを倶楽部ルームに置いていますので、ご覧ください。
これを機会に神戸慶應倶楽部でも、会員の皆さんのご支援とご協力を募りたいと思います。
(記事:堀 友子)

2003年4月号掲載

〜〜3月例会レポート〜〜

下山斗茂美 (平5経)

3月26日(水)18:30より、阪急御影駅近くの「THE GARDEN ORIENTAL SOSHUEN」にて3月度月例会が開催されました。「SOSHUEN」は1934年から御影の土地で、お庭のある中華レストラン「蘇州園」として営業されてきたお店で、最近は素敵なお庭をそのまま使ったイタリアンレストランに転身してオシャレなグルメスポットとして人気です。
女性誌にも頻繁に紹介されているお店ということもあり期待して伺いましたが、その期待以上の素敵なお店でした。古く大きな門をくぐると暗いお庭がライトアップされてムード゙があり、建物に入るとコロニアル風のインテリアで落ち着きながらも洒落た感じです。 

例会ではソムリエからワインの講義を受けました。ワイン好きといいながら、その実、普段近所の酒屋で2本1300円のワインを買いだめして飲んでいる私は、ティスティングなどとは無縁でしたが、白ワインは熟成すると色が濃くなり、赤ワインはその逆である、などのお話から入り、目で見て(白い布にかざして透明度をみる)、香りを嗅いで(熟成度合いでかわる)、そ して味わってみる(口の中で音をたてて、鼻に通じる香りを楽しむ)などというティスティングの方法を分かりやすくご指導いただき、大変参考になりました。

会の終盤では「SOSHUEN」のオーナーであられる黄先輩からお話を伺いましたが、昔は家族でこの場所に住まわれていたのが、年を経てご両親二人になったとき、広すぎる屋敷をもてあまし香港からシェフを呼んで中華レストランを開業したとお聞きして、大変驚きました。ウーム、私も一日でいいからこんな広いお庭の家に住んでみたい!

美味しいお料理とワインと、そして何よりも楽しい歓談で、あっという間に時間が経ち、締めは「若き血」斉唱で、名残惜しく解散となりました。

2003年3月号掲載

〜〜2月例会レポート〜〜

島田博充(昭和48 商)

昨年より入会させていただいております、関西不動産三田会の転入組の島田と申します。
さて、本日の講師は、周愛華さんとおっしゃる中国山東省出身の遺伝子治療ご専門の女性ドクターです。現在、神戸大学の医学部博士課程において研究をされているとのこと。

会場になりました当倶楽部室には、遺伝子治療に興味をお持ちの上島前会長、ならびに和田会長はじめ多士多才の面々が多数お集まりになり、周ドクターの話に耳を傾けられました。
中でも人間の体には3万〜4万の遺伝子があり、その遺伝子の組み合わせで人の性格から容姿、人種の違いなどさまざまな違いができてくるとのこと。しかし、人種によっても、個人個人においても遺伝子の違いは1000分の1程度しかなく、ほとんど共通している。猿と人間との違いも僅か1.4パーセントであるらしい「道理でBUSHの顔はサルに似ている・・・?」。

また日本人とアメリカ人との違いは神経伝達細胞においてアメリカ人のほうが新しいもの好きの要素が多少多いがアメリカインデイアンと日本人はよく似ているそうである。・・・・その後大変興味深い話が続き、クローン人間からノーベル賞の田中さんの話にもおよび、最後に上島先輩の造詣 深いご質問でお開きとなりました。

その後、懇親会は、会場を十五番館の方へ移り楽しく歓談させていただき、五代先輩の中締めで2次会を終了いたしました。それからは、いつものメンバーが周先生を伴って神戸の夜の街に繰り出したのは当然でありますが、小生が家にたどり着いたのは午前2時で途中のことはあまり覚えておりません。ただ頭にキノコの歌が聞こえたような気がいたしました。ん?

2003年2月号掲載


宮田まさみさん

〜〜1月例会レポート〜〜

1月は、安永利啓会員(現京都産業大学経営学部長)に「2003年、日本、関西そして神戸の経済状況」と題して話をしていただく予定でしたが、大学の都合で当日の出席ができなくなり急遽、宮田昌平会員(昭39商)の息女でタレントとしても活躍中の宮田まさみさんにおいでいただき、彼女の垣間見た芸能界アレコレを語ってもらいました。

彼女はどちらかといえば他人の注目を浴びるのが好きというテンションの高い女の子だったそうで、帰国子女として転入した学校では、持ち前の明るさと行動力を発揮して「なんて静かで変化のない、一色にしか見えない同級生たち」というのが第一印象だったクラスを、賑やかで彩りのある集団に変えてしまったとか。
フィギアスケートではインターハイ/国体までは出場したものの当時は伊藤みどりの全盛時代で大きな壁にぶつかり、スケート界から抜け出ればもっと広い世界があるかもとサンテレビガールズに応募、採用されたのがタレント業への第一歩となった。

採用後しばらくしてABC放送のヤングタウンに出演するようになったがそこで番組中に‘ミロのヴィーナス’を‘シロのヴィーナス’と読み違え見事(?)その年のNG大賞を獲得、名前を売ることになった。
モーニング娘を育てた‘つんく’といえども当時は‘シャ乱Q’の一員にすぎず、はじめてCDを出したというので一緒に営業に回ってあげたらこれが大ヒットした「シングルベット」だったのもちょっとした思い出。

出演番組を増やすには、英語力とスポーツ歴(フィギア、卓球、スキューバダイビング)が大いに役立っており、旅行番組ロケで海外のダイビングスポットを訪れたときなど、「楽しみながらギャラをもらえるなんて! これほど素敵な商売はない」気分に浸ったとか。(宮田さんが撮り終えた「金鳥」のCMが近々放映開始です。レッスンで声をつぶしたほどの奇語・奇声が飛び交うCMだそうです。金鳥提供番組をお見逃しなく!!)  (記事:八巻 晤郎)

2003年新年号掲載

 

〜〜12月例会レポート〜〜

稲田 豊(昭53商)

12月度の神戸慶応倶楽部例会に始めて参加させていただいた。年忘れのクリスマス例会であり、さまざまな催しが企画された。ウッチーこと内山副幹事長の名司会に始まり、和田会長の心温まる挨拶、合掌先輩と素晴らしい「ホワイトクリスマス」をみんなで合唱し思い出に残るひとコマ、大変うれしくなった。

圧倒されたのは、内山先輩のオークションでの采配。なんとバイタリティとウィットに富む楽しい催しであったことか。とにかく、世相は暗く景気もデフレのなかで、来年は紙をたべる「未年」を迎えて、お金を使う楽しさをみんなで楽しめたことは、最近にない出来事である。

また、我が神戸慶応倶楽部における人材の豊富さに圧倒され、今後もこの楽しさを求めて、例会などの行事にはできるだけ参加しようと決意した次第である。この閉塞した時代にあって、明るく生きていけるのは、やはりハートではなかろうか。慶應義塾の先輩後輩ともっと深く交流することを、来年の課題としておこう。


(中央に立っているのが小生である。)

さて、始めて登場するので、ついでに筆をとりたい。今年はとにかく電力会社で営業を担当している小生にとっては、あまり芳しくない出来事が多かった。9月の東京電力の原子力検査での隠蔽事件に始まり、年末には、北朝鮮の「核凍結解除宣言」。いかにも原子力が「世の中の悪」のごとく世間に印象づけられたことか。

東電の事件は、隠す体質が問題であり、原子力そのものが悪いとの風潮はおかしい。唯一の被爆国であり、エネルギー自給率が低く、かつ勤勉な国民性が自慢である我国において、原子力の平和利用は欠かすことができない。また、国際公約である京都議定書の公約であるCO2問題の解決のためにも原子力は極めてベーシックなものであろう。

ところで、米国のブッシュは、どうしてもフセインをやっつけたいみたいだ。イラク攻撃が始まっても、政府は「石油危機は起こらない」といっている。これは、日本の石油依存度が、第一次石油危機の77%から現在は52%まで下がっていることに加え、日本の石油備蓄も官民合わせて、現在は174日もあること、IEA(国際エネルギー機関)による危機時の石油安定供給の仕組みができていることが大きな理由である。これらの脱石油政策のベースは、とりもなおさず原子力をはじめとする石油代替電源の導入・拡大と民間における省エネルギー努力の結果である。

2003年は、はたしてどんな年になるだろうか。米国とイラクとの戦争で始まるか、それとも和平か。民間人として、自国のエネルギーを自給することから安全保障が始まることを肝に銘じたいものだ。これからも、原子力の安全運転に努めつつ、「油断(=オイルショック)の備え」を点検していきたい。