2007年 会員の輪

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≪メタボ手前の新入社員です≫

櫻井 玲央(平19政)

初めまして、平成19年法学部政治学科卒の櫻井玲央と申します。8月に入会したばかりの新参者ですが、よろしくお願いいたします。

学生時代は端艇部カヌー部門で4年間汗を流し、4年次には主将を務めました。4月より野村證券で社会人としてのスタートをきり、すぐに神戸に参りました。
スポーツが大好きなので部活引退後もフットサルやハーフマラソンに取り組みましたが、入社以降運動も出来ず、さらに神戸のご飯がおいしいのでお腹はメタボリックへと向かっております。ある日、鏡を見て「これはマズイ」と思い一念発起、ジムに入会いたしました。これからはゴルフなども始めようと思います。

お腹のお肉つながりの話しですが、先日「大相撲神戸巡業」を観戦してきました。お相撲さんは太っているように見えてほとんど筋肉なのですね、初めて見に行ったのですが迫力があり感動しました。

実はその前日に行きつけの居酒屋に相撲取りが入ってきて仲良くなり、口を利いてくれるとのことなので観戦にいたったのです。人のつながりとは大きいものだなと感じました。高校から慶應におりますので慶應のつながりがとても強いことは肌で感じておりますが、これからもそのつながりを大切にしたいと思っております。

神戸に来てまだ半年で何もわからない状態でございます。これからできるだけ会に参加し、手となり足となり働こうと思いますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

≪村上ファンドと向きあった阪神OBです≫

小林 弘一(昭40商)

9月から当倶楽部へ入会させていただいた小林です。この6月の総会で現役を退き現在は阪神電鉄の非常勤顧問をしています。慶應は昭和40年商学部卒業の64歳です。生来勉強嫌い・遊び大好きで高校時代は水泳、大学では伯父の勧めでゴルフをしていました。(その割りに下手です。)そのような訳で今の趣味は、ゴルフと社会人になってから覚えた囲碁、旅行です。

大学卒業と同時に阪神に入社し主に経理部門とレジャー部門に携わっていました。経理部長時代は‘95阪神大震災での被害の復旧のためのファイナンス、レジャー担当時には‘01ニューヨークのテロによる旅行業への大打撃からの復元、‘03と‘05の当時だめトラの2度のリーグ優勝といった極めて非日常な事象に直面し大忙しの目にあったことが今は懐かしい思い出です。

しかし何と言っても前述のピンチを乗り切り、さあこれからという一昨年の9月に、あの村上ファンドの株買占めにあったことは無念の極みでした。対策の準備には取り掛かっていたようですが、その後の役員会の様相は一変しました。何せ当時対応策に余り前例がない事態だったものですから、弁護士など専門家の意見とは別に役員夫々の倫理観、経営観、社会観からの意見が百出しました。役員会に村上を呼んで話を聞く機会も設けましたが、先方は経営する気はなく、あの手この手で脅しをかけながら買った株を高値で買い取らす事が目的であることが明白でしたから、そんな奴のいう事を唯々諾々と聞くわけに行きません。

そうこうしながら時間を引き延ばしているうちに村上も追い込まれ、最後は阪急ホールディングスに売り渡すことになってしまったのですが、その阪急との統合を当社で承諾するかどうかを審議した時も当然ながら大激論、意見は分かれました。詳しくは差し控えますが、勿論私も相談に乗ってくれた友人の弁護士の意見を参考にしながら独自の考えを述べました。内容は少数意見派でしたが今思えばまさにそれは独立自尊の慶應精神に通ずるものだったなと思っています。

結果は皆さんご案内のこととなりましたが、それにしてもそれを決めた役員会日の1週間余り後に村上が逮捕された時の空しさは未だに記憶に残っています。
それから1年、統合による従業員の幸福が気になるものの幸いいい後進が育ってきたのを機会に、この6月で身を退くこととした、というのが私の終盤の顛末でした。

そんなわけで急なことでもあり次のステージをどう過ごすか現在何の準備もなく、気楽ではあっても安定しない気分でいます。すでに当倶楽部の囲碁同好会に参加させていただいていますが、徐々に他の催しにも参加させていただき拠り所のひとつとしたいと思っています。
皆様どうかよろしくお願い申し上げます。

≪〜私のおすすめ〜「神の代理人」≫

粕川 真由(平14法)

普段開かないメルアドを倶楽部に登録してしまっていたため、投稿の依頼を受けていたことを知ったのが締切日という凄まじい状況ですが、とりあえずどうにかしなければということで、先日某先輩と熱く語った長年の愛読書、塩野七生の「神の代理人」について書かせていただきます。

本書は、地上において神の声を代弁する神の代理人である法王について書かれています。法王の権力集中体制も薄れ、ヒューマニズムの急進と共に法王も人として生きなくてはならなくなったルネサンスに実在した4人の波乱万丈な人生を歩んだ法王の話がオムニバス形式で、しかも読者を飽きさせることのないように、各章異なる文体で綴られています。

一人目は、キリスト教世界を脅かすオスマン・トルコ帝国に対抗するため、十字軍を編成しようとしたピオ2世。知識人として支持されるものの、最後の十字軍遠征から200年が経過し、キリスト教世界のために従事する君主がいない時代において、時代遅れの理想主義者と扱われてしまいます。尊敬する者の非現実的な暴走に失望するロドリーゴボルジア(後のアレサンドロ6世)の視点で描かれています。

二人目は、政教分離の見地から、聖職者の支配は本人が、俗界の支配は息子のチェーザレに行わせることでイタリアを諸外国から守ろうとしたアレサンドロ6世。メディチ家追放後のフィレンツェで権力を得た宗教家サヴォナローラとの宗教的、政治的対立を双方の書簡と市民の書いた年代記をクロノロジカルに並べ、読者を吸い寄せます。

続いて、法王庁の権力をより強化なものにするため、自ら剣を振ったジュリオ2世自身の視点から描かれた章。利害が一致すれば、イタリアの一部が衰退することになろうとも外国勢と手を組み、利害が一致しないと容赦なく切り捨てる。短期的発展は遂げるものの、プレーヤーを増やすことで結果的にイタリア諸国の滅亡をもたらししてしまいます。

最後に、平和主義なパーティーアニマルなのか、巧みな外交術を備えた強かな現実主義者なのか分からない、メディチ家出身のレオーネ10世を演劇調に描いた章です。ここまで来ると、聖職者的要素は皆無です。

本書は、ローマ旅行(バチカンに寄られる方)に行かれる方にお勧めしており、「読んでから行って良かった」とよく言われます。なお、法王の選出方法やバチカンの意義等は事実を基に淡々と綴られてはいるものの、あくまでもフィクションで、歴史・宗教研究者や敬虔なカトリック教徒の方は、ちょっとと思われるかもしれません。リーダーとは何かと考えさせられる本ではありますが、決して固い本ではなく、野心・根回し・愛(様々な形です)・嫉妬・お金・お酒と、法王(リーダー)も所詮人間と思える本です。イタリア旅行を計画中の方がいらっしゃいましたら、軽〜い気持ちでお読み下さい♪ 

≪自己紹介≫

塩谷 章(昭36商)

6月に入会させて頂いた塩谷です。
5月に終の住居を神戸住吉に移したことで、当倶楽部に入会させて頂きました。

6月の例会でも自己紹介させて頂きましたが、御出席されなかった方も居られるので、再度簡単に自己紹介させて下さい。

卒業は昭和36年の商学部1期生です。生まれは北海道 札幌ですが、父の勤務の関係で転々とし、神戸は今回で3度目です。終戦直後に西灘の上筒井小学校の2年に在学したこともあります。
ゼミは森五郎ゼミ、クラブは経済新人会百貨店研究部に所属しましたが、どちらかと云えば、日吉、三田の雀荘に通っていたと云うのが正直なところです。

卒業後は住友電工に入社し、役員を経て住友電設に移り、6月の総会で古希を迎えたのを機に、会長を退任し、特別顧問となりました。
これまでは会社中心の生活でしたが、これからは個人生活を充実させたいと思っていますので、宜しくお願いします

趣味は余り高尚なものは無く、お酒、ゴルフ、麻雀、モダンジャズ鑑賞位です。ジャズは60年代のマイルス・デービス、コルトレーン時代のCDを懐古趣味的に聴いていますが、個人的にはソニーローリンズ、バッドパウエル、MJQのミルトジャクソン等が 好みです。ライブも東京時代は六本木のバートランドやサテンドール等に出入りしていましたが、神戸もライヴハウスが沢山あるそうなので大変楽しみにしています。是非色々教えて下さい。

麻雀はかなり腕に自信を持っています(最近の戦績をみると過信かもしれません)が、だんだん面子不足になってきているので、機会があれば誘って下さい。

ゴルフは千葉の鷹の台でHDCP10までいきましたが、つるべ落としの様に下がり、現在宝塚で21になりましたが、70才を機にもうひと踏張りし、HDCPを上げたいと思っていますので、こちらの方も宜しくお願いします。

アルコールは何でも好きですが、年齢とともに美味しい日本酒を美味しい料理で頂くのが良くなってきました。良いお店を是非御紹介願います。 

以上取り留めの無い紹介になりましたが、新しい趣味も模索して居りますので、今後とも長いお付き合いを宜しくお願い致します。 

≪野球弁護士?≫

手塚 祥平(平14法)

初めて投稿させていただきます。
これまで、あまり本倶楽部の行事に参加できずにいましたが、今年度は幹事を務めさせていただくこととなりましたので、これを契機に積極的に参加していきたいと思っております。よろしくお願いいたします。

さて、今回は、私の趣味である野球それも弁護士の野球について紹介したいと思います。

私は、高校までやっていた野球を楽しむために、神戸で弁護士登録をしました。
兵庫県弁護士会には、「神戸ドルフィンズ」という野球部があるのですが、神戸で研修(司法修習)をしていた私は、このチームの魅力に取り憑かれ、大学までを過ごした東京を離れて神戸の地に飛び込む決意をしたのです(本当です)。
現在、多くの地域の弁護士会に野球部があり、年に一度の全国大会を目指して、野球小僧たちが毎週のように練習や試合に励んでいます。

この全国大会は、プロ野球の公式戦が開催されるような球場を2日間借り切って(札幌・大阪・名古屋・西武の各ドーム等で行われてきました)、1日目には元プロ選手のゲストをお招きして講評をいただくというレベルの割に相当立派な形で行われています。

「レベルの割に」と書いたついでにレベルの話もしますと、皆様が弁護士の野球にどのようなイメージを持たれているか分かりませんが、初めて弁護士野球を見た方にはよく、「想像していたよりレベルが高い」と言われます。どれほどのレベルかと言われれば、「想像していたより」という程度ですので、ご想像にお任せするしかありません。ただ、ダントツで弁護士数の多い東京のレベルは相当なもので、甲子園や大学野球で活躍した選手もおり、ここ何年か東京の連覇が続いています(東京の監督は、テレビでもおなじみのK村弁護士です。グラウンドでもほとんど笑いません)。

全国大会に出場するには予選を突破する必要があり、東京のような常勝軍団以外のチームは、出場枠を振り分ける予選のブロック割についても、いろんな理屈を考えて自説を展開し、少しでも自分のチームのチャンスが広がるように励んでいるようです。

もちろん、スキルアップに対する思いも相当なもので、盛んに遠征を組み、他地域の弁護士会の野球部との親善試合を多数こなします。我が神戸も、今年はすでに横浜と広島に行き、先日は札幌からの遠征を迎えました。

野球だけのために飛行機に乗ってまで遠征することには大変な面もありますが、いろんな地域の弁護士と野球を通じて交流する中で、意外なところで人間関係がつながったり、研修時代の同期に再会したりという、競技以外の楽しみもたくさんあります。ストレスや運動不足の解消にもなりますし、今のところ妻も理解を示してくれていますので(笑)、当分やめられそうにありません。今年こそ、全国大会で東京を倒して優勝できるよう、決勝まで進みたいと思います。 

大学時代は体育会空手部に所属し、そこでの活動が大きな割合を占める生活を送りました。特に貴重な仲間を得られたことと、メンタル面を鍛える重要性(パフォーマンスに精神面は大きく影響を与えること)を学び、主に練習を通じ、精神面、体力面を鍛えることが出来たことは大きな収穫だったと思います。ただ、社会人になってからは空手をしておらず、食べる量は変わらないので、体重は13キロ増加しました。体重計ではかる体年齢は45歳を示し(実際は31歳です)、改善するように、週に一回フィットネスクラブに通っています。 

さて、最近のご報告ですが、2月末に結婚が決まり、3月より、灘で妻との新生活をスタートしています。一緒に料理したり、買い物をしたりと独身の時より忙しくなった気がしますが、楽しんでやっていこうと思っています。結婚して、これから先の生活のビジョン、目標をより明確にしていくことの重要性をより強く感じるようになりました。まずは目標をより明確にし、それを見据えて一歩ずつ進んでいきたいと思います。

≪近況ご報告≫

宝田 大輔(平11経)

昨年末より神戸慶應倶楽部に参加させていただいております。よろしくお願いします。 

大学時代は体育会空手部に所属し、そこでの活動が大きな割合を占める生活を送りました。特に貴重な仲間を得られたことと、メンタル面を鍛える重要性(パフォーマンスに精神面は大きく影響を与えること)を学び、主に練習を通じ、精神面、体力面を鍛えることが出来たことは大きな収穫だったと思います。ただ、社会人になってからは空手をしておらず、食べる量は変わらないので、体重は13キロ増加しました。体重計ではかる体年齢は45歳を示し(実際は31歳です)、改善するように、週に一回フィットネスクラブに通っています。 

さて、最近のご報告ですが、2月末に結婚が決まり、3月より、灘で妻との新生活をスタートしています。一緒に料理したり、買い物をしたりと独身の時より忙しくなった気がしますが、楽しんでやっていこうと思っています。結婚して、これから先の生活のビジョン、目標をより明確にしていくことの重要性をより強く感じるようになりました。まずは目標をより明確にし、それを見据えて一歩ずつ進んでいきたいと思います。

≪入会のご挨拶≫

杉本 正昭(昭39商)

はじめまして。このたび入会させていただきました杉本正昭です。

入会のきっかけはKKJCの世話人をされている近藤 正さんから同期の誼みでゴルフや飲み会そしてジャズライブにもよく誘っていただき、音楽の嗜みが無い私もKKJCのアットホームな雰囲気に魅せられて家内と一緒にジャズを楽しませていただくようになった次第であります。

昭和39年に商学部を卒業して関西ペイントに勤務し平成16年に40年間の現役生活を終えました。 地元の甲南高校でホッケーを始め、塾ホッケー部の歴史と伝統に憧れ、大学時代も体育会ホッケー部に所属し所謂「体育会漬け」の4年間を過ごしました。塾ホッケー部は1906年(明治39年)にアイルランドから来日した宣教師ウイリアム・グレー氏によって創立され日本のホッケーのルーツ校として昨年創部100周年を迎えました。安西塾長ご出席のもと記念式典が盛大に行われ、私もOBとして参列し大変感動したことは言うまでもありません。

体育会での特別の思い出は大学2年(昭和36年)の冬休みに創部55周年の記念事業として諸先輩のご支援により香港、マカオ遠征に参加したことです。当時は神戸港からオランダの貨客船で船酔いに耐えながら占領下の沖縄を経由して片道5日間の航海でした。現地での滞在期間を含めて約1ヶ月余の遠征は何物にも代えがたい青春の宝物(思い出)です。

もう一つの宝物は塾体育会の最功労者のお一人である小泉信三先生が残された名言「スポーツが与える三つの宝」を得たことです。すなわち「練習は不可能を可能とする」「フェアープレーの精神」「生涯の友を得る」という含蓄の深い教訓であり、この名言は社会人になってからも肝に銘じておりました。学生としての本分である学業については内心忸怩たるたる思いがありますが塾で得た数々の宝物のお蔭で現役時代も無事に勤め終えたことを感謝しております。

≪入会のご挨拶にかえて≫

鶴井 美根子(平4文・7経)

1934年生まれの私の世代は、その成長過程における節目と、わが国の歴史の転換点が重なっているかに思へます。世の中のおよそ見るべきものは見尽くして、還暦を前にしたとき、又も、未曾有の少子高齢社会が待ち受けておりました。歴史に学ぶもののない社会のたたき台となって、人生を終えることになる筈です。それは如何なる社会でしょうか。そこで「経済学」をもって考えることを思いつきました。

親を見送り、子供達の結婚を見届け、孫を持つ喜びも知りました。ある日夫が申します、「音楽会でも旅行でも存分に」と。しかしその、夫はまだ働いていました。これらの楽しみはもう少し先に延ばせる。私は、迷わず三田山上へ赴き、学士入学を申し込みました。前述の論旨をしたためて。

通常、学士入学の修行年限は2年ですが、経済 学部は3年を要することが多いとか。日吉と三田の掛け持ちはきついから、よくよく考えるようにと言われ、面接室をあとにしました。数日後、聴講の申し込みをしようと参りますと、学士入学合格者に私の番号がありました。

一日も休まず、終日興味の赴くまま受講しました。そこは主婦の感覚です。授業料を無駄にしたくないという気持ちもあったでしょうが、心を躍らせて通いました。日吉の銀杏並木、三田の黄落のエントランス。

平成7年1月17日、「お母さん神戸が燃えている」と叫ぶ次女の電話を振り切り、いつもの道を三田へ急ぎました。「公共経済学」の卒業試験の日でした。「京阪神に身寄りのある者は申し出よ。」とのアナウンスです。私は西宮に長女一家、神戸には永らく不在の自宅がありました。しかしその時、万年筆のインクを確かめたのを覚えています。良い成績で卒業しなければならないというプレッシャーが無意識にあったのでしょうか、突発性難聴に見舞われ、卒業論文「終の住処と地域社会」は意気込みに反する不本意なものでした。残念です。

私の還暦を祝って下さったゼミ仲間や留学生達とは、今も交流しています。夫と二人趣味三昧の 神戸の日々に、しみじみ思います。慶應大学を抜 きにして古希を過ぎてからの幸せは語れないと。神戸慶應倶楽部の皆様よろしくお願いいたします。

≪入会ご挨拶≫

早川 元(昭45法)

はじめまして。早川 元と申します。

小生、昭和45年に法学部・法律学科を卒業して37年になりますが、定年を機に入会させていただくことになりました。

私は趣味が多彩でありますので、これを紹介したいと思います。20代の頃からクラシック音楽に興味を持ち、40年間愛好してきましたが、作曲家の嗜好が変遷し今ではモーツァルトとショパンが好きであります。休日の朝はモーツァルトのピアノ曲やショパンの曲を聴くことから始まります。聴くことも好きですが、愛好が高じて約30年前に大阪フィルハーモニー交響楽団専属の合唱団である、大阪フィルハーモーニー合唱団に所属しておりました。しかし、数十年前に大阪から神戸へ転勤になり、練習に通えなくなって退団を余儀なくされました。昨年いずみホールで、モーツァルトの「レクイエム」を聴き、再度ステージに立って、あの感動を味わいたいとの想いがムラムラと沸き、昨年暮れ神戸フロイデ合唱団に入会させていただくことになり、今練習中です。順調に練習が進めば、7月には神戸の、9月には大阪のさるコンサートホールのステージに上がることができます。

西元町にある、クラシック喫茶「アマデウス」はよく行きます。ここは四六時中モーツァルトの音楽が鳴っており、東京、大阪、九州、北陸からもお客さんが通っています。

他には、テニスは40年間やっており今も現役です。慶應倶楽部の方とは何回かゲームをしたことがあります。

あとは、昔のアメリカ、ヨーロッパ映画を観るのが好きで、大倉山の神戸市立中央図書館へ行けば、無料で観ることができます。ここには2週間に1回観に行っています。

というように、一般の方とは少し違う趣味を持ち合わせていますので自己紹介させていただきました。

≪ビッグイシュー≫

三木 和歌子(平13文)

『ビッグイシュー』は英国で大成功し世界に広がっているホームレスの人しか売り手になれない魅力的な雑誌のことです。その使命はホームレスの人たちの救済(チャリティ)ではなく彼らの仕事をつくることにあります。1冊200円で販売。110円が販売者の収入になります(ビッグイシュー日本版HPより引用)。

淀屋橋、北浜付近が営業エリアなので、私はこのあたりを歩いていることが多いです。本町の御堂筋で「ども、ども」と少し、オフィス街では違和感のある掛け声(?)を初めて聞いたとき、何かしらと不思議でした。
おじさんは雑誌を片手に立ち、大きく「ども、ども」の挨拶を繰り返しています。それがビッグイシューの販売でした。

大阪では道端で座り込んでいる人たちをみかけることがよくあります。自活のために仕事をしているホームレスは、上から物を言うようで恐縮ですが好感が持てました。
ただ、サラリーマンが闊歩する往来で立ち止まって購入するのが何となく気恥ずかしく、1ヶ月くらいは様子を見てしまいました。おじさんはいつも同じテンションで「ども、ども」を繰り返しています。

ある日、ついに買いました。
買うと、「ども、ども、ありがと」になりました。
何だかほのぼの。それ以来、新刊が出るたびに本町のおじさんから購入しています。堺筋や梅田に立つ他の方から買うときもありますが、仕事で気分的に足が重くなってしまうとあの「ども、ども、ありがと」が聞きたくなります。

秋深い夕方、おじさんの自転車だけ止まっていました。商品そのままにおじさんがいない。無用心です。お手洗いか何かだろうと、おじさんが戻ってくるまで勝手に店番をしてみました。売ったりはしませんけれども。少しして戻ってきたおじさんに「無用心じゃないですか?」と聞いてみると、「貧乏人から盗む人はいませんから」と、温かいお茶を両手で転がしながら笑っていました。
でも世の中には悪い人がたくさんいます。ホームレスに恐喝する人もいます。やっぱり無用心だよなぁと思うのですが、善意に悪意を植えるようなことも言えませんでした。
どうなのかしら。悪意ばかり見てきて善意に転じたのか、善意ばかりを見たい人なのか、どうなのかしら。そして私はまことに失礼ながら、一方的な人間観察を未だに続行中です。冷えが厳しくなるこれからの季節、それでもおじさんのテンションは一定の「ども、ども」です。