2002年度 会員の輪

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金子家隆 会員 槌橋真美 会員
前田剛資 会員 川崎洋子 会員
井上 光 会員 村田幸恵 会員
宮崎 誠 会員 新見みつ子 会員
伊藤康之介 会員 安永利啓 会員
竹谷康弘 会員 荒木重典 会員
柏木進人 会員 堀越啓子 会員
梶田裕嗣 会員  
宮本恭延 会員 松田明日香 会員
川端さな 会員 古武由紀子 会員
堀田美登理 会員 瀧野 勇 会員
吉川俊二 会員 広瀬 巌 会員

金子家隆(昭40経)

前田剛資会員より

槌橋真美(昭47法)

川崎洋子会員より

「塾員は本来もっと在野で活躍すべきではなかったのか?」

9月末の小泉内閣の改造新内閣を見ると、塾出身者が総理、財務、農林水産、経済産業、防衛、経済財政・金融担当、行政改革・規制改革担当等10の主要大臣ポストを押さえて政界での勢力がしのばれる。                  
この現象は、今、慶応大学は旬であると週刊エコノミスト(10/22)「創立144年慶応大学のウラ・オモテ研究」にも取り上げられていたほど、塾員としてはご同慶の至りとして喜びたいところである。

しかしながら振り返れば平成8年に橋本内閣が英国のサッチャー首相の真似をして「金融ビッグバン」「行政改革」と声高らかにスタートした割には官僚のシナリオに乗った中途半端な問題点先送り政策で、塾出身者にしては官僚依存度の高い姿勢で、郵政省の民営化にも反対し民間の活力を無視して抵抗勢力の旗頭になっているなど毀誉褒貶相半ばする状況である。

今回の小泉第2次内閣では是非、慶応大学の全英知を結集しデフレスパイラルからの脱出政策を実行させ、かつ抜本的55年体制を覆す構造改革を貫徹させるよう応援したいものである。

最近偶々「福沢諭吉の挑戦―独立自尊」東京大学法学部教授 北岡伸一教授著(講談社)を読んだところであったので、明治14年の政変後、福沢先生が書かれた「時事小事」の思想から推察すると、もし今、福沢先生が生きておられて現在の塾員の政界での活躍をご覧になればどんなご感想をもたれるかと思いやられる。
次回の原稿は辰野芳之君(昭42経)にお願いします。

ペット考

シーズー犬2匹、雄ポン号11才、雌モネ号7才に日々癒され、教えられ、熟年夫婦暮しています。生物的雌雄の差なのか個体差なのか、はたまた偏見のなせる技か、私はポン派、主人はモネ派であります。1人留守番するポンを不憫に思い、震災後モネを購入するも諸般の事情でモネに不妊手術を施しました。

憐れ童貞老犬ポンは、ドンキホーテも顔負け、毎日永遠処女犬モネに懸想し、他に楽しみの無いモネは、食事時我々の食卓にへばりつき、食物を無心します。
2匹ともボール遊びが大好きで、ポンはボール持参で誘いに来ます。

投げられたボールを取って来て自主的に口から離します。それにひきかえモネは、ボールをくわえたら最後、巣らしき場所へ取り込み、遊びは終わりです。物欲よりも、ゲームを楽しむポンの崇高なる精神、やっぱり男の方がカッコイイ!と思いきや・・・夜主人の帰りを玄関へ迎えに一番に飛んで行くのはモネ。それまでグーグー寝ていても耳が良いので飛んで行けるのです。

寝ずの番はポンの方なのですが、飛んで行かないのです。シッポ振り振り、すり寄るモネに主人はメロメロ。「ブルータスよ、お前もか!」ですね。

それに付けても私にシッポが無くて良かった?!最近のヒット商品に、犬語翻訳機なる物がありますが、我が家には不要です。ポンちゃんモネちゃん有難う。長生きしてね。
次は、塚本明久さん(平9総)に書いていただきます。

前田剛資(昭39工)

井上 光会員より

川崎洋子(昭53文)

村田幸恵会員より

ナチュラルチーズについて

エダムチーズをご存知ですか?
この6月、家内と二人で、10年に1回オランダで開かれる花博「フロリアード」に立ち寄ったついでに、有名なチーズ発祥の地、アムステルダム郊外のエダムに足を伸ばしました。広大な牧草地に囲まれ、しばらく歩くと突き抜けてしまうほどの小さな村で、それは静かなたたずまいの運河をはさんだ、きれいな村でした。

やはりチーズはこのような自然に包まれ、空気のきれいな村の農家に生まれ育ち、現在はゴーダチーズに続くオランダを代表する輸出量を誇るチーズになったようです。

さてチーズの名前には地名から来たものが多く、例えば、オランダのゴーダ、フランスのロックフォール、イギリスのチェダー、はたまたチーズフォンデューに使うスイスのエメンタール、グリュイエールなどなどたくさんあります。
ここでチーズの種類ついて少々。

先ずナチュラルチーズとプロセスチーズの2種類に分かれます。保存性を高めるためナチュラルチーズを加熱処理したのがプロセスチーズです。

次ぎにナチュラルチーズには熟成をさせないモッツァレラ、クリームチーズと乳酸菌やカビほかで熟成させたチーズがあります。特に乳酸菌で熟成させたチーズは種類が多くエダム、ゴーダ、チェダーはこれです。この熟成チーズは多種のアミノ酸を豊富に含み、そのままで食べても、料理に使っても美味しく、うまみを演出してくれます。特に2年以上熟成するパルミジャーノレジャーノはその頂点に位置します。

どうぞナチュラルチーズをお楽しみください。
次号は、金子家隆会員(昭40経)に書いていただきましょう。

子は親を育てる

末娘は中学2年生、バレーボール部に入っている。160センチ以上が多い中で ひときわ小さい。もちろんレギュラーになれない。30人の部員の中で 6人だけが試合に出られる。休日は試合に行く、といってもバレーボールができるわけじゃない。下仕事をする役目である。

大声で応援したり、試合の審判をしたりする。心の中で「試合にでたい、試合にでたい。」悔しくて悲しい思いをしながら それでもやめない。1日無駄な時間を過ごしてるような気もするらしい。でもひと晩寝るとまた「バレーボールが大好き」に戻る。

末っ子なので、一番可愛がった。「かわいいわねぇ」と言われながら、甘えて育った子である。日の当たる道ばかり歩かせたいのである、親としては。それがうまくいかない時、見守ることは親にとっても我慢である。それが昨日、「バンザ〜イ、バンザ〜イ」と踊りながら帰ってきた。「背番号が10番に上がった!4つも上がったのは私だけよ。」それでももちろん試合には出られない。これから一つずつ上げて、レギュラーを狙うという。

黙って見守ること、それが親の役目であると分かっていても、あれこれ口出しをしたくなる。できるだけのアドバンテージを この子が社会に出るまでに与えたいと思ってしまう。子供を育てていると、忍耐力が試されてるな、と思う場面がよ次は、槌橋真美さん(昭47法)さんにトスを送りたい。

井上 光(昭35法)

宮崎 誠会員より

村田幸恵(昭35法)

新見みつ子会員より

さぁ、これから・・・

西暦2015年になると、4人に1人が65才以上になるといわれている。その頃になると、自分は80才寸前になる。それまでは元気でいて、その4人の1人になるために、今からどんな生活をすべきか、65才を迎えて今考える事の多い毎日だ。

長い間楽しみにしていた時間に束縛されない自由な生活ができるようになって、さて何をするか、先ずは今までに興味と関心を持ちながら十分満足出来なかった事をやりたいと考えている。

それは海外旅行、水族館・博物館・美術館・古寺めぐり・遺跡探訪・英会話・パソコン・温泉地めぐり・食べ歩き等々である。
そのためには、先ずは健康からと考え、今年4月から週3回スポーツ倶楽部と水泳教室に通っている。 また、人生の先輩の生き様から多くを学び、友人・知人を増やすため社団法人大阪倶楽部へ入会し、講演会・ゴルフ部・旅行部・美術部等で勉強させてもらっている。

若い人との交流も大切で、その為にも神戸慶應倶楽部、芦屋三田会、北三田会、関西不動産三田会、大阪ガス三田会に入会し、若くして各界で活躍しておられる塾の後輩の皆様から、質の高い情報や意見を教えていただいている。料理教室にも行く予定で、1週間に1回は家族の料理を作れることを目標にしている。その他に、故郷に月に2〜3回は帰り、家の空気の入れ替えをし、草取りもしなければならない。その他切りがない。

いずれにしても、これからは何かをやってもらう人生ではなく、何かが出来る人生を全うしたいと今真摯に考えている。
次は、前田剛資さん(昭39工)にペンを譲りたい。

花々のオーストリア

8月下旬から9月上旬にかけてオーストリアのチロル地方、ザルツカンマーグート、ザルツブルグなどを訪ねた。オーストリアを舞台とした「サウンド・オブ・ミュージック」の映画で観た以上の素晴らしい大自然があり、手入れの行き届いた花々が街を飾り、国中花であふれんばかりで、旅人に心を込めてもてなしているようにみえた。

また広場や家々のバルコニーを飾る色とりどりの花々、自然と調和した美しい歴史的な街並み、雄大で凛としたアルプスの山々、きらめく氷河、青く明るく輝く湖、そこで生まれた数々の音楽や文化。それらは豊かな自然の中で、自分たちの街への誇りと家への愛情をもって心豊かに過ごしている人々の生活を感じた。

そして、何年か前の10月下旬に訪れた時には、晩秋とはいえ吹雪く時もあり、山々や湖も長い冬に向かう佇まいで、同じ場所に立ちながらまるで違って見え、訪れた時の季節や天候によって、さまざまな表情を見せるということも実感した。

この旅でこれからはその時の季節を楽しみながら、同時に別の季節と景色の変化に思いを巡らす楽しみが増えた。

たくさんの思い出とともに、オーストリアの美しく可憐な花々が今も私を優しく包んでくれる。
次号は川崎洋子さん(昭53文)に書いていただきたい。

宮崎 誠(昭48経)

伊藤康之介会員より

新見みつ子(平8文)

安永利啓会員より

在学中は気賀健三先生のゼミで比較経済体制論をやってまして、当時盛んだった共産主義をおおいに批判しておりました。

もともと共産主義が拠ってたつマルクスの労働価値説は、供給側のコスト分析には熱心だったが、需要についてはまったく関心のない生産費説でして、経済分析としては片手落ちもいいところでした。それでもマルクスの考え方は、一つの思想として高度成長下の日本でも多くの人々の共感を呼び、学生運動のバックボーンとなったのは周知の事実です。

気賀先生は、この共産主義を比較経済体制論として学問的に批判したわけですが、その批判が正しかったことを証明するように、1989年にベルリンの壁が崩壊し、いまや共産主義は地球上から姿を消そうとしております。労働者の窮乏化を説いて平等な社会を標榜した共産主義が、結局は自由や基本的人権といった人間社会に不可欠な価値を無視することになったのは、歴史の皮肉というほかありません。

しかしながら、現在のように貧富の差が開いてきますと、やはりマルクスの分析は正しかったのではないか、サービス残業は資本論の搾取の過程そのものではないかといった素朴な疑問も出てまいります。福沢諭吉が「学問のすすめ」の中で単純に肯定したような競争社会をこれからも信奉すべきなのか、といった根本の部分を問いながら、新しい社会の枠組みを模索することも必要ではないでしょうか。
次回は35年卒の井上 光さんにお願いいたします。

「日本くまもり熊森協会」って?

耳馴れない協会の存在を知ったのは、夫が“今日素晴らしい講演を聞いて感動した。活動を支援したい。”と話してくれた時だった。その講演は、国際ロータリーの地区大会での記念講演で 「自然保護大国でなければ21世紀は生き残れない」〜クマの棲む豊かな森を次世代へ〜と題した日本熊森協会会長森山まり子氏の講演であった。

後日、大会の記録誌が発行され、私も講演内容を読ませてもらい、その活動に心うたれたので紹介したい。

森山氏は尼崎市立中学校の理科の教諭で1992年勤務校の生徒たちが起こした「ツキノワグマを絶滅させるな」という活動を支え、発展させ“クマの棲む豊かな森を”をスローガンに「日本熊森協会」という欧米型実践自然保護団体を立ち上げた方である。

10年前、痩せこけたクマが射殺されたという新聞記事をきっかけに、先生と生徒たちは奥山の生態系が荒廃していることを知り、重い腰の行政を動かし、奥山にクマ等野生動物のエサとなる実のなる広葉樹の植林を呼びかけた。全国植樹祭が戦後50年間ずっと杉の植樹であったのを、1994年兵庫県での植樹祭では26種の広葉樹に、両陛下のお手植えも広葉樹へと、貝原兵庫県知事の英断を引き出す原動力にもなった。   

息の長い活動を通して当時の中学生も今や大学生や大学院生となり、会員たちでお金を出し合い、汗を流し、泥にまみれて奥山の保全・復元に取り組む「熊森協会」の推進役を果たしている。との報告は、何とも頼もしく、粘り強い地道な活動に敬意を表するとともに元気をもらったような気がしている。
 次号は村田幸恵さん(昭35法)に書いていただきます。

伊藤康之介(昭45経)

竹谷康弘会員より

安永利啓(昭40商・45商博)

荒木重典会員より

☆いつの間にか、20年余!☆

この機会を与えてくださった、後輩の竹谷君に厚く厚く御礼申し上げます。
神戸慶應倶楽部に何時ごろ入会したのかと思い、古い会員名簿を見てみると、1981年度に初めて名前が載っていました。早いもので20年余の歳月が経っています。

旧朝日会館の神戸慶應倶楽部の事は、神戸慶應学生会で利用させてもらっていましたので、知っていました。
入会のきっかけは、同期の畑中三正君の勧誘です。最初は、岡一郎・佐野博先輩、畑中君、広瀬努君、後輩の宮崎誠君しか知り合いも無く、心細かったのですが、参加するうちに先輩方・後輩諸君とも親しくさせていただく様になりました。現在では大きな顔?をして参加しています。

今後は、時間の許す限り参加したいと思いますのでよろしくお願いします。

追加
‘66ワールドカップ・ロンドン大会の記録映画“Goal”を見たときの衝撃は、今でも覚えています。今回、日本で行はれた世界最高レベルの試合を、テレビを通じて何試合も見ることができ、これ以上の感激を得ることは生涯二度とないでしょう。
次は、宮崎 誠君(昭和48年経済卒)にお願いします。


当世大学事情

京都の賀茂川に沿って上流の方に行くと鞍馬街道に入る。しばらく行くと名門の京都ゴルフ倶楽部があり、そのすぐ隣に勤務先の大学がある。賀茂川には色々な人達が思い思いの時間を過ごしている。また、様々な野鳥が飛来しあるいは住み着いている。印象的なのは鷺である。禅僧のごとく微動だにせず水面を見るでも見ないでも無しといった風情で立っている。

これらの風景を四季折々に眺めつつ神戸から約2時間かけて通うこと丸12年になる。3年前に経営学部長に就任して以来、大学に辿り着くと長閑な風景から一転、拘束の世界に突入する。会議に次ぐ会議。その合間に講義をしている感じである。

大学は二極化していると言われる。勤務先の大学は、当面は十分に定員確保できる志願者がある。しかし、20種類の入試を実施し、あの手この手で掻き集めているというのが実態である。日本の大学には麻雀の筋ならぬ「3-6-9」という節目の年がある。

学校外で自習しない小中学生が急増しているが、他方で2003年にゆとりの教育が始まり、2006年にその卒業者が大学受験する。そして、2009年には大学定員が志願者数を上回る大学全入時代を迎える。存在意識を認められる大学を目指した改革を進めざるを得なくなった。企業では当たり前のことが大学では別世界だったのである。しかし、意識改革は難しく、思い切った改革をしようとすると必ず教授会の中に抵抗勢力が出る。

2010年にもこの賀茂川の風景は残るであろうが、流域近辺の諸大学は果たしてどうであろうか?
次号は新見みつ子さん(平8文)に、書いていただこうと思う。

竹谷康弘(昭57商)

柏木進人会員より

荒木重典(昭50法)

堀越啓子会員より

拝啓 浅利慶太様

私は先輩の主宰されている劇団四季、とりわけそのミュージカルが大好きです。
もっとも以前は興味も湧かず、14年前に友人の結婚式の帰りに誘われたキャッツも、開演前のワインのせいか、導入と共に深い眠りに入り目覚めれば終演というものでした。

ところが10年前、得意先の常務から誘われ、自分の気持を偽って入ったキャッツシアターでは、素晴らしい時空間が私を待っていました。同じ題材ながら、不思議なものです。

それからというもの、「クレイジー・フォー・ユー」でめぐり会えた保坂知寿の声、空中に静止する加藤敬二のダンス、「コーラスライン」、「李香蘭」での志村幸美の熱唱、「エビータ」での野村玲子の存在感、「ジーザス・クライスト」
「ウエストサイド物語」「日曜はダメよ!」「オペラ座の怪人」…。何度観ても感激と新しい発見が、CDを聞けば余韻の波が押し寄せます。

東宝、松竹、宮本亜門、三谷幸喜、と他もあたってみましたが、「感情表現は過度にならず、現代人の爽やかな感覚の中に」置き、セリフを「一音たりとも落とさず観客に聞かせ」るべく母音を明確にし、日本語を曖昧にせず、入口は
面白く、その上で奥深い質を求めていく。そんな劇団四季を支持し、浅利先輩の益々の御活躍を祈念いたします。

そして最後に一つお願いがあります。許す限り大阪へお運び下さい。先輩が客席に座ると、舞台が一段と素晴しくなりますから!? 敬具

次は伊藤康之介先輩(昭45経)、宜しくお願いいたします。

山を歩く

1.20年以上も胃潰瘍に悩まされている。仕事のストレスが原因かもしれないが、ストレス解消のため山歩きを続けている。

昨年は、高村光太郎の「智恵子抄」で有名な安達太良山(1700m)など6座の頂上に立った。今年は5月の連休に大台ヶ原(1695m)と大峰山(1915m)を歩き、洞川温泉と天川温泉につかり、6月15日、16日には神戸商大の山岳部のOBの総会が奥穂高温泉の商大のヒュッテであり、部外者ながら参加させていただき奥穂高温泉につかり乗鞍岳(3026m)を歩いた。

2.ひたすら頂上を目ざして汗をかくが、途中高山植物が咲いているお花畑が目を楽しませてくれるし、頂上に立った時の眺めの良さは爽快であり、登っている苦労や下界を忘れさせてくれる。白馬岳(2932m)へ3度歩いたが、白馬岳の小雪渓のお花畑、頂上から見る後立山連邦の眺望、日本海へ沈む夕日などは実に美しい。また燕岳からの表銀座コース、水晶岳(2978m)からの裏銀座コースや立山(3003m)などから見る槍ケ岳(3180m)の天を突くような尖峰は素晴らしく、山頂からのパノラマは圧巻である。

3.手軽に歩ける山は、立山や木曽駒ヶ岳(2956m)など沢山ある。立山へは室堂までバスがあり(黒部アルペンルートである)、木曽駒へは千畳敷カールまでロープウェイがあり2時間ほど歩けば頂上に立て、富士山、乗鞍、御嶽などが見えるし、秋にはナナカマドなどの紅葉が素晴らしい。

日本には、四季があり自然に富んだ国であり、山も四度その装いを変え、歩く人に全てを忘れさせ楽しませてくれる。

倶楽部の皆さんは高原まで行かれる方は多いでしょうが、もう少し足を延ばし頂上に立って見られたらどうでしょうか。別の世界があるかも。
次号は安永利啓さん(昭40商・45商博)さんにお願いします。

柏木進人(昭52商)

梶田裕嗣会員より

堀越啓子(昭62文)

山崎えみ会員より

ダイエット法(!?)教えます!

不覚にも4年前にアキレス腱を断裂してしまった。バスケの試合中である。加齢、禁煙、運動不足、生活習慣など原因は考えられる。12kgの体重増である。リハビリを兼ねて、トレーニングを始めた。

現在のトレーニングは、体を胸・背中・下半身の3部分に分け週5日のメニューである。ストレッチの後、有酸素運動(エアロバイク・トレッドミルなど)を35分。たっぷりと汗をかいているのでTシャツを着替えて、筋トレ。胸の日は、ベンチプレスから始めてダンベルで大胸筋と三角筋(肩)を攻める。ついでに腕裏(上腕三頭筋)も痛めつける。

背中の日は、マシンを使って広背筋を、そしてダンベルで腕の前(上腕二頭筋)を攻める。下半身の日は、スクワットから始めて太股、ふらはぎを鍛える。筋トレの仕上げは、腹筋・背筋。(これは毎回)最後にプールで、個人メドレーを泳ぐ。サウナ、シャワー。約2時間半のコース。前後にプロテイン、アミノ酸補給。筋肉は、回復時に肥大するので充分な休息と栄養補給を。(超回復)

現在ピーク時より12kg体重減。ウエスト8センチ減。BMI指数21.3。確実にドライバーの飛距離が伸びました。ゴルファーは背中と下半身を鍛えて、胸と腕はほどほどに。これだけやれば、食事制限なしで充分痩せます。

でもこれってダイエット!? 
次は、竹谷康弘君(昭57商)にお願いします。

ヘンカクの時

20世紀の諸問題を残したまま、21世紀を迎えている。国は、今の成熟社会に相応しい地域構造に、分権システムに変えて行かなければ機能しない。企業においては、ピラミッド組織から解き放され、自立していく個人、個人を生かす「21世紀型組織」が模索されている。(www.nhk.or.jp/henkaku)

又、高齢化社会を抜きにして、21世紀も、日本経済も語れない。「寝たきり痴呆」は、“隣は何をする人ぞ”という都市住民の多くが、社会的に孤立し、閉じこもる生活を続けて来たからだ。その予防策も含めこれからは、地域即ち町内の人達との関係が、重要な鍵を握っている。エコマネー(地域通貨)等で若者と新老人が、助け合って行く事も必要だ。

従来の若者中心社会から、高齢化社会に相応しい制度に作り直す構造改革が望まれる。地域社会の空洞化に対し、例えば新たに医療、介護、看護を1つのサービス産業として、新しい経済のしくみを作り、地域起こし、町づくりをやっていく。

しかし、これらの根本は、“個”の確立、変革にある。「会社人間」から「社会人間」に、町内から世界の人々と、自然と共存しながら21世紀こそ、心から幸せを実感できるように、皆さんがんばりませんか。

ノーべル受賞者の創造性の発想、ひらめきは、夜明け、目覚め、散歩の時、スーと浮かぶそうな。寝床にメモと鉛筆を。また、運命には,春夏秋冬がある。走りっぱなしだと息切れする。その時は,次に備えて小休止を。
次号は、山登りがお好きな荒木重典さん(昭50法)にお願いします。

梶田裕嗣(昭56法)

宮本恭延会員より

 

近所の散策案内

昆虫クラブにいたせいかこの歳になっても散歩がてらに近所を散策して虫を眺めるということを続けています。昨年はなかなか機会に恵まれませんでしたが、それでも4月から7月は月一度位以下のポイントに足を向けました。
安上がりレクリエーションご案内

『私の散策ポイント』
〜丸山公園から杣谷(そまだに)にかけて〜

4月の桜の後はいろいろなアゲハが見れます。春型はナミアゲハでも美しい。めったに逢えないですが、たまにカラスアゲハがやってきます。その他越冬あけのアカタテハ、キタテハなどにめぐりあえるときも有ります。5月後半から6月中旬にかけてが最高の時期です。

アゲハは夏型の大きいのにモデルチエンジ。杣谷の砂防ダムに向かう途中でウラゴマダラシジミがとんでいたり足元にセンチコガネが歩いていたりと「灘区もまだまだ虫がいるなぁ」と感じれることと思います。

この時期丸山公園ではテングチョウや大型のヒオドシチョウも発生しています。6月下旬になるとコクワガタ、ノコギリクワガタにうまくいけば逢えます。このジャンルは子供と取り合いになる為空振りのケースもまま起こりますが・・・。

朝早く行くとアカシジミやウラナミアカシジミ等のゼフィルスにあう事もできます。オタク的な虫の名前については一度図鑑ででも確認いただけると幸いです。
次は柏木進人先輩(昭52商)、よろしく御願いいたします。

 

宮本恭延(昭62・経)

川端さな会員より

松田明日香(平7・文)

古武由紀子会員より

四季の色

《ときは・あさぎ・かきつばた・えどちゃ・ちぐさ》・・・これらは何の名前かご存知ですか?

実は、日本の伝統色の名前です。仕事の上での興味もあり、日ごろこういった表現ができればと思っていますが、これが中々難しいものです。調べてみると、その多くが自然の花や鳥、染料などから取ったものが多いようです。

現代の生活の中では、なじみの少ないものもありますが、それらを重ねて用い、四季を表現した「かさねの色目」など、いにしえの人々の色彩感覚とその表現の豊かさには、改めて驚かされます。

その頃とは比較のしようもない多くの情報があふれていながら、私たちの身近なことへの関心は次第に薄れ、その表現は益々貧弱になっていると思います。

昨今、美しい日本のことばを取り上げた事などが話題になるのも、その反動からでしょうか。

さあ、風光はうららかな季節になりました。手始めに明日からは、花の本でも片手に家の裏の摩耶山でも登ってみようかな・・・・
次は、梶田裕嗣さん(昭56・法)にお願いします。

海を渡る雛

気がつくと20代最後の節句を迎えていた。
雛を飾らなくなって久しいが、この時期が来ると雛のことを思い出す。祖父母が私の初節句に支度してくれた品だ。 思い出す雛は ふっくらした顔がすこしあどけなく、やさしい笑みをたたえる表情は世の中の喧騒から超越したかのようだ。今は殆ど家に残っていない。  

幼い頃、節句の時期が近づくと、決まって父が押入れの奥から雛段を組み立て、朱の毛氈を敷いた。そして皆で一体づつ紙にくるまれ箱にしまわれている雛や回灯篭、桃と蜜柑の木、お輿、長持等のお道具を飾ってゆく。私は妹と共に着物を着て甘酒と雛菓子で祝福を受ける。

行事が終わった後も 雛はしばらく座敷に飾られ、家族を見守っている様だった。そして時が経ち 私も妹も雛祭りを卒業し、いつしか雛たちは押入れの奥で眠るままとなった。  

ある時、米国からの客人が数週間我が家に滞在した。母は彼女が帰国するという日 お別れに一体の雛をくるんで持たせた。 彼女は驚きながらも 日本の思い出にすると大変感激して大事そうにパッキングして帰国した。 以来、海外から客人を迎えるたび雛を贈るのが恒例となり、かくして雛は実家から次々と姿を消していった。

だが私たちには雛を飾るのとは別の愉しみができた。世界の様々な国へと旅出立った雛に思いを馳せるのだ。いわば日本古来から伝わる文化の一端を担う雛たちは我が家からの特使。平穏な優しい笑顔で平和を愛する心をより広く伝えてくれたら、と願いを託し。    
次号は、山崎えみさん(昭48・文)に書いていただきましょう。

川端さな(昭61・文)

堀田美登理会員より

古武由紀子(昭40文)

滝野 勇会員より

第二の青春(?!)神戸慶應倶楽部

5年近く倶楽部に顔を出していないが、諸先輩方には随分可愛がっていただいた。
その中でも故御手洗先輩は思い出深い。今から10年以上前、私は同僚の女性たちと食事をした後偶然御手洗先輩とお会いした。「先輩こんぱんは」とご挨拶したのに何とあろうことか接客業の女性と間違われた。
(ママになれないチーママぶりが板についていたのかもしれないが・・・・)。

後日、大事な後輩に申し訳ない事をしたのでお詫びがしたいと連絡があり、友人共々美味しく高価なお寿司をご馳走になった。子供がそのまま大きくなったような魅力あふれる方だった。早世されたのが残念でならない。

それにしても倶楽部のメンバーは魅力あふれる方ばかりであった。主婦業に専念していると年令を越えた幅広いおつきあいは出来ない。
子育てに追われ会に出席できないのは甚だ残念である。新しい倶楽部ルームの方々にお目にかかれる日を楽しみにしている。
次は、宮本恭延さん(昭62・経)にバトンタッチ!

私と中国語

私は現在中国語を学んでいるのですが、漢詩を中国語で読むと本当に心地よいし、話し言葉もリズミカルで、中国語の美しさに感動を覚えます。しかし、同じ漢字文化圏だからと気軽に始めたものの、いざ勉強してみると発音・四声・簡体字と大変難しく、やれ友好訪問だの大学生との交流だのと中国へ出かけていっても、筆談を交えてようやく意志の疎通が計れるといった具合で、中国語は思った以上に難しいと実感しています。

それでも中国のWTO加盟、北京での夏季五輪などが中国語学習熱に繋がっているようです。

言葉はその国の歴史や文化を背負っているので、私は中国や中国人を理解するためには、先ず中国語を解るようになるということが何より必要と考えています。
これからも、つとめて中国の人達と会話をする機会を作り、中国語がより話せるようになれば、中国に関する理解もより深まり、本当の中国が見えてくるのではないかと思っています。
次は、松田明日香さん(平7・文)にお渡しいたします。

堀田美登理(昭58文)

吉川俊二会員より

瀧野 勇(昭42商)

廣瀬 巌会員より

告白 私を通り過ぎた男たち!?

慶應倶楽部とのお付き合いは、もう15年を超えただろうか。その間、諸先輩方、後輩と交わることによって、心を豊かに養っている。

中でも、未だ私を惹きつけて止まないのは、故濱根会長である。一般的に「あほ」と呼ばれると決して愉快な気はしないのだが、なぜかこの方に「あほ」と言われると“喜ぶ”のが倶楽部内外での不思議な現象であった。

入会した当時、私はこれを「春琴抄」の春琴と佐助状態であると解釈していたが、未熟であった。これは人間の存在を個人として完成させたいという故会長のルネッサンス願望なのだ。人格的完成を手助けしてやりたいという有難い『あほ』なのだ。この精神は20世紀文学としては、プルーストに始まりジイド、ヘミングウェイ、サルトル等の作品に常に主題として描かれている事を考慮する時、改めて故会長の偉大さを痛感するものである。

同じ頃、早稲田倶楽部にも立派な会長がおられた。樽本会長である。慶早ゴルフコンペ後の懇親会で、堀田(当時牛尾)と石阪を見て「慶應は美人揃いでいいなぁ。ママとチーママか?」とのたまった。女性の好みは洗練されていると考察される。

ということで、次回はチーママこと川端さなさん(旧姓石阪)(昭61文)の登場です!

オペラと「空海」

前号の広瀬さんに引き続きオペラ好きの私の番になりました。
昨年の暮れに指揮者の朝比奈隆さんの訃報に接し、本当に日本のクラシック界に大きな穴があいた感じです。灌何度か聞いたり観たりした中で、やはりブルックナーの交響曲の演奏が心に残っています。

朝比奈 隆さんの息子の千足君とは高校3年の時同じクラスでしたが、彼も又塾員(昭和41年卒)である事は皆様もご存知の通りで、神戸フィルハーモニックの音楽監督として神戸の文化活動の一翼を担っております。

私の一番好きなオペラはリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」でこれも何度か観ている中で平成6年にウィーン国立歌劇場の東京でのカルロス・クライバー指揮による公演が未だに忘れられない至福の悦びとなっています。

話は変わりますが私のもう一つ若い時から追い求めているのが「空海」(弘法大師)です。

唐に渡って真言密教の灌頂を受け「遍照金剛」の名を授かり、帰国後京都の東寺を修業道場とし、後に大宗教都市とでも言うべき高野山を開き、日本の仏教と文化を大きく開花されました。司馬遼太郎の「空海の風景」を読んでみますと非常に面白いのでお奨めします。
次は、古武由紀子さん(昭40文)にペンを譲ります。

吉川俊二(昭52法)

阪口善雄会員より

広瀬 巌(昭42法)

高橋洋三会員より

食わず嫌い

時代小説を読むようになったのは、転勤して電車通勤の車内で読書するようになってからだ。何気なく本屋で手にとったのが『剣客商売』シリーズだった。これで一気にハマってしまった。それまでは余り時代物を読んだことがなかったが、食わず嫌いとはまさにこのことで、目からウロコが三、四枚ほど落ちた気がした。

それから『鬼平犯科帳』『仕掛人藤枝梅安』と三大シリーズを皮切りに池波正太郎を殆ど読破、今は山本周五郎の武家物短編をすべて読み終えたところだ。この山本周五郎の武家物短編は、読後の爽快感が何とも言えずたまらない魅力である。時代物を読んで感じたことは、人間の本質というものは今も昔も変わらないということである。そして江戸文化に興味を覚えるようになった。    

こんなことなら塾に通っている間にまだ江戸情緒の残っている隅田川界隈で、好きなだけ蕎麦でも手繰っておれたのにと今更ながら後悔している。思えば若い頃は蕎麦なんて好きでもなかったのに、これこそ食わず嫌いというべきか。
次回は堀田美登理さん(昭58文)に書いていただきます。

“新年のクラシック”

正月と言えば、“四季(ヴィヴァルディ)”、ウィーン・P.O.のニューイヤーコンサートがクラシック音楽の定番ですが、私の場合は、全くちがう音楽家に決めています。
それは、リヒャルト・ワーグナー。ワーグナーと言えば、皆さんは、F・コッポラの“地獄の黙示録”を思い浮かばれるでしょう。それと、ナチスとの関係ではないでしょうか?

確かに、この二つの事は、彼については、ポピュラーな部分です。数々のオペラを残した彼の作品の中で、私がいつも新年に聴くオペラは、“タンホイザー”これに尽きます。愛欲におぼれて、純粋に彼を愛する女性(エリザベート)を捨てた主人公(タンホイザー)が、彼女の命を賭けた信仰によって救済されること、殊にラストの主人公が「エリザベート!」と叫んで息絶えるシーンは圧巻です。そして、背景に流れる“巡礼の合唱”のコーラスには心が洗われます。

皆さまも是非一度チャレンジしてください。
次は、滝野 勇さん(昭42商)にバトンタッチします。