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2005年12月号掲載

≪標高1,936mの離島を訪ねて≫

森 隆(昭29経)

 

 その島は周囲132q、面積503?、東西28q、南北24qの凡そ円に近い日本で6番目に大きな島である。そして、海岸より聳える高い山々、1000m以上の山が45峯、一番高い山は海抜1,936m。こんな島が九州最南端から南方60qの洋上に存在する。その島の名は、屋久島である。

私は山の道に魅せられて、70才より毎月のように山道を辿って来た。75才の誕生日を前に、今度は思い切って日本最南端の屋久島、日本百名山の一つである宮の浦岳を目指すことにした。

10月21日、伊丹空港より鹿児島、更に乗り継いで屋久島空港へ。そこからはレンタカーで宿泊先の民宿へ向った。

翌日は雨。登山は晴れの日と決めて、一日延期して島一周ドライブにした。道路はよく整備されており、ハイビスカス、ブーゲンビリア等亜熱帯の花木が多く、海は蒼く、山は険しく途中に100mもあるような滝や山々、ハワイのオアフ島郊外の景色とイメージがよく似ている。更に山岳地帯へ進むと、内地では見られないような巨木の原生林があり、猿や鹿の群れが林道を占拠している。まるまる太っているが、体は小柄で普通の半分位であるのが面白い。島の西端には、純白な灯台がある。これは明治時代に台湾航路の為に建てられたもの、その沖には口永良部島がくっきりと浮かんでいた。

10月23日朝、晴。朝4時に起床、弁当2食分を民宿で用意して貰う。4時半出発、外は真っ暗。車で20q約1時間かけて林道を登る。途中、紀元杉、川上杉の巨木の横を通って登山入口に5時半到着。まだ暗い。朝食を車の中ですまし、6時より歩き始めた。大阪の高槻山岳会の人達、札幌の5人のパーティの人達と共に、原生林の中を進む。

私はそのパーティの後を付いて行く。普通、山道は小高い山や崖があると、そこを避けて進むけれども、ここの登山道は階段や梯子、更に岩場をロープで上ったり下ったり、平坦な所が少なく、アップダウンの連続で大変疲れる。杉や樅の大木の間を通り4時間かけてやっと投石平という見晴らしの良い所へ登りついた。それから上は景色一変、直径が50mもあろうかという巨石がゴロゴロしており、まるで月の表面の様。今まで、私の登った山では見られない光景。

その中を2時間かけてやっと正午に1,936mの頂上に着いた。360度の展望、空と海が何処までも蒼く、その接点では両者が渾然と交わっている。大きな宇宙の中に、唯一人居るような不思議な世界であった。30分の食事休憩。賑わっていた頂上も、いつの間にか人が疎らになり、気がつけば後には2組いるだけ。

私も急いで下山を始めた。しばらく歩き、10分もすると追い抜かれ、そのリーダーの一人が私に、その歩き方では明るい内に下山するのは無理ですよと言われた。道は石と岩で滑る。私は2本のストックを突き、3点確保で一歩一歩そろりと足下に気をつけながら下っていた。この老人一人で大丈夫かなぁと思ったのではなかろうか。

見晴らしの良い空と、山々の峯とが一体になる。山々には巨岩が転がり、下界の方は深い暗緑色に覆われている。その景色が3時を過ぎると、太陽は西に傾き全体に金色に包まれ、そして赤味を帯びてくる。この不思議な色の変わり様は、この世を離れて天国への道に導かれている。現世を離れた気持ちであった。

更に下って原生林に入る。5時近くなったらすでに暗くヘッドランプを付けて足下を見つめながら歩いて、出発から11時間半かけて登山口まで辿り着いた。
そこは真っ暗、誰もいない。つまり私が一番最後。それから自分で車を運転して林道を下り、夕方の7時に無事民宿へ帰り着いた。

翌24日、飛行機の予約は午後であったが、空港で朝の便を尋ねたら1席だけ伊丹まであるとの事で、早速変更して午後には無事自宅に帰った。

この日は私の誕生日の前日、74才最後の日。
私にとっては、一生忘れ得ぬ思い出となった。

≪我が減量記≫

藤井 文明(昭39工)

 

 昨年のある日、腹痛を催し,我慢できなくなって救急病院へ担ぎ込まれて診察受けたところ、いや診察受ける前に尿を調べるのでと尿を採ったところ真っ赤になっており、自分でもこれは尿路の病気と直感した。医師は慌てず騒がず尿路結石であり水を大量に飲んで自然治癒をさせるのが一番と、痛み止めを処方してくれたのみ。

気分がすぐれないまま過ごした2日後に石が出てすっきり気分回復したが、後日の再診で血糖値が高いと指摘され、体重を減らせと命じられて、更に後日食事療法の指導まで受ける羽目になったが、聞くだけに留めて放置しておいた。しかし何となく気になり今年になって本格的にやってみようと一念発起して、食事量を少なくすることから始めたが、友人から聞いた「カロリーを消費するには燃やせ」の言葉に、要するに運動しなければ駄目で、実践あるのみを自覚した。

それ以降は毎朝の徒歩を課してそろそろ8ヶ月になるが、体重は約7キログラムの減量になった。当面の目標まであと2キログラムとなり、ほぼ射程圏となった。

「毎日」を実践するには言い訳を作らないことであり、雨だから今日は歩かないとは言わないようにした。雨が降っても長靴と合羽を着て、少し距離は短縮するがサボらないようにしている。継続は力なりとはこういう愚直さを言うのであろう。効果てきめんとは行かないがじわじわ効いて来ていることを実感している。

 問題点はある。1年ちょっと前に営業部長を兼務することになったので背広を2着新調したが、減量した所為でズボンがだぶだぶになり、あろうことか靴までゆるくなってしまった。顔は細くなったが首筋には皺が寄り、ワイシャツの襟の寸法より首が細くなって隙間が広がり、自分で鏡を見ても老け込んだなとのイメージとなって、減量はいいことばかりではないが、血糖値や血圧は何とか薬の処方なしで生活できる水準で推移しており、美味しい食事は避けて粗食を楽しんでいる。

お酒?これが中々難しく、これには言い訳を作って週のうち3〜4日は少量の酒を飲んでしまっているのは意志の弱さを如実に現していると言って差し支えない。しかし一回に飲む量は確実に減らした。

平均余命を考えるとき、あと何年と勘定ができてしまい、この間を心配しないで気楽に過ごすか、用心しながら摂生して過ごすかは個人の判断であり、議論しても結論は出ない。しかし小生は後者を採ろうと思う。

会長のひとり言

 

天皇家から庶民になられた黒田清子さん。

このとげとげしい世の中に、ほのぼのとした暖かいニュースをこれからも私達に届けて下さいますよう願っています。

2005年11月号掲載

≪近況報告≫

芦原 直哉(昭50経)

 

皆様、ご無沙汰しております。
3年前に独立してから、多忙になる一方で例会等の参加が少なくて申し訳ございません。

9月例会に久しぶりに出席させていただき故郷に戻ってきたような暖かい気持ちになりました。やはり、同窓の仲間はいいですね。

さて、近況ですが現在東京と大阪でM&A、経営、不動産ファンド等のコンサルティング会社を3社経営しております。加えて、若い人たちの為に少しでも社会貢献できればとの思いで、名古屋商科大学と大手前大学で「経営管理」「ネゴシエーション」の講義をしております。頼まれるとNOといえない性質で仕事を抱え込んでしまっている状況で、今年生まれた初孫の顔をみることがなかなかできないのが今の最大の悩みです。

最近の楽しみは海外旅行です。海外出張の他、海外の見聞を広めると称して毎年5〜6回は諸外国を訪ねることにしています。8月にはモスクワとサンクトペテルブルグへ行ってまいりました。BRICsの長男格の中国上海には昨年2度行ってそのエネルギーに圧倒されました。社会主義体制という名の資本主義の実態を垣間見たような気がします。そこで、ロシアが今どのような状態なのかをこの目で見たかったのです。それと何と言ってもエルミタージュ美術館です。足が棒になるぐらい、毎日両都市を地下鉄と徒歩で歩き回りました。紙面が足りないので詳細をご報告できないのが残念ですがとても素晴らしかったです。

次は11月のタイ旅行です。皆様とご一緒できるのをとても楽しみにしています。

≪強風で窓ガラスが割れる!!≫

高田 育明(昭51医)

 

台風の時窓ガラスが割れると、とても危険なことご存じですか?

 9月6日(火)台風14号が九州から山陰を通って日本海に抜けて行きました。私の住む「淡路島」は風雨が強く、鉄骨の建物が強風で揺れるような感じがありました。
強風への注意は十分していましたが、台風の暴風圏からも遠く離れており、全く不安はありませんでした。

 私の部屋は、床から天井までの「はきだし」の大きな窓があり、直接ベランダに出られるようになっています。その窓のすぐそばに机と椅子があり、その椅子に座って、午後11時頃テレビを見ていました。DVDのコピーをするため、隣の寝室に移動したところ、10数秒後、ドカン!と音がして大きな窓のガラスが大小の破片に割れて、今まで座っていた机と椅子に降り注いでいました。

 ガラスの厚さは7o、針金の網入りですが、針金は簡単にちぎれて粉々のガラス片になっていました。大雨が部屋中に吹き込み、雨水浸し、床はガラス片が飛び散り、電話、パソコンなど被害甚大、我身の安全を考えるのが精一杯でした。部屋のドアも強風のため開かない状態でした。後で調べると、天井の端が強風の風圧で吹き上げられ、約10cm持ち上がって、天井裏が見える状態になっていました。台風から離れていてもすごい強風でした。・・・危機一髪!! あのまま椅子に座っていたなら、ガラス片が降り注いで大けがでした。

 強風でガラスが割れることは希だそうです。何か、物が飛んできて、ガラスに当たって割れたのでしょうが、後で調べても、それらしい"物"は見あたりませんでした。

 さて、強風でガラスが割れることへの今後の対策は次の通り。
(1)建物の周囲の飛来物が無いよう、日頃から注意する。
(”)強風の吹き付ける窓の側に居ない、寝ない。
(3)窓に防犯用のフィルム(ガラス強化とガラス片の飛散を防ぐ)を張る。

 今回の経験で、日頃の危機管理の重要性を再認識しました。
ただし、"思いもよらないこと"が起こった時は、「運だのみ」です。やっと部屋の片づけが終わり、これから部屋の中の修繕・工事です。

 皆様も身の回り、ご家庭の周りの安全を再検討してはいかがでしょうか。
昨年の甚大な水害を引き起こした台風23号からはや1年が経過しました。ハリケーン被害も記憶に新しいとろころです。

神戸慶應倶楽部の会員の皆様に天災被害の警鐘をお知らせし、何かのお役に立てていただければ幸いと考え投稿させていただきました。

≪近辺雑事≫

堀越 啓子(昭62年文)

 阪神淡路大震災から今年で10年になる。

自分にとって、神戸にとって、何から、何処から立ち上がれば・・・。悶々と過すうちに、まず"こころ"から元気にと、心理学を学びはじめた。
そして、3年前から神戸で"個人面接カウンセリング"を仲間4名とボランティアでやっている。親子・夫婦の葛藤、生きがい、職場の人間関係、老後の生き方等々。ところが、昨年あたりから、うつ病やニートで悩む人が増えてきた。

"生きがいについて"と30代の男性。ものの5分程傾聴していると、今"うつ"で苦しんでいる。3度自殺未遂に終わった。憎い親を殺して、自分も早く死にたいと訴えた。生死に関わる問題である。5〜6ヶ月紆余曲折を経て、今では両親に感謝し、生まれ変わったように元気で働いているという。

実は私も親の介護をしていて、心身の疲れとストレスから、プチうつで苦しんだ経験がある。身体からエネルギーが出て行くようで、脳は動かない、何をする意欲もなくなり、経験した人でないと分からぬ苦しさを味わったことがある。
日本では、気軽にカウンセリングを受けることは、まださほど一般的ではない。まして、うつ病は、精神科や心療内科等、昔の悪いイメージが残っていて病院にも行けず、我慢している人も多い。

しかし、怒りや悲しみが抑圧され、その上に強いストレスが続くと、誰もがかかる病でもある。

 今や、うつ病やニートは日本だけでなく、世界的にも増加傾向にあるらしい。若者の暴力や犯罪も、多発している。
もっと専門的に勉強して、心の病に苦しむ人のお役に立ちたい。一大発起して、こころの専門家といわれる"臨床心理士"をめざすことに。しかし、大学院の心理臨床コースを卒業して後、臨床心理士の受験資格が与えられる。4〜5年計画である。生涯学習のつもりで、まずは、大学院に入学。

9月に入学願書を提出し、10月の筆記試験、11月の面接試験をめざした。あえなく途中で不合格。今やこのコースは、スクールカウンセラー等需要が多く花形(?)で、難関とか。現役の大学生でも、予備校に行って合格を勝ち取っているという。いまさら予備校? そんなくらい、エネルギーを取られるような仕事より、人生を楽しんだ方がと忠告してくれる人。それまでして"臨床心理士"という資格を取るべきか、考えあぐねている今日この頃である。

≪会員の動向≫

宮本 恭庸(昭62経)

10月1日、本州四国高速道路(株)が発足。
堀切民喜氏(昭29経)が社長に、上島康男氏(昭33法)が監査役に就任されました。

会長のひとり言

早や新潟地震から一年、尼崎のJR事故から半年
犠牲になられた方々や怪我をされた方々はほんまにお気の毒やけど結局は便利になりすぎた世の中やから起きた人災やなあ!

2005年10月号掲載

≪岸和田 だんじり祭≫

前田 剛資(昭39工)

忘れかけていた興奮を味わいました。
といいますのは、かなり以前にNHKのテレビ中継をみて、一度行ってみたいと思っていた「岸和田 だんじり祭り」でのことです。

会社勤めもあり、毎年ニュースを見ては来年こそと思いながら、これまで行く機会を逃してきましたがインターネットで今日、明日開催という記事が目に止まったのです。

あくる日家内と朝早く勇んで出発し、9時半に岸和田駅に到着。さっそく駅前で人に尋ね、全34台の内、14台が宮入りする岸城神社に向かうことにしました。すでに多勢の人だかりがする交差点に着くと、さっそく警察官にここは危険とロープの中に押し込まれました。しばらくすると最初の1台が坂を転がるように、細い路地へ疾走して行く。これが「だんじり」かと思うまもなく、次の1台がこの交差点でやり廻しをし、勢いあまってこちらへ向かって来た。そしてジワーッと頭上に迫まるように止まった。のっけからヒヤッとする一瞬に、心臓がボコボコと鳴る。

早速その場を離れ、岸和田城横の岸城神社でお祓いを受けている「だんじり」に近づいてみると「源平合戦」「大阪夏の陣」など名場面が精巧に彫刻してあることを知りました。私たちもお祓いを受け、曳行が始まった町の中に向かうと、あちこちで宮入りを済ませた「だんじり」が猛スピードで疾走し、歓声が聞こえてくる。その中を鐘と太鼓が聞こえる細い路地へ入っていくと沿道は人だかりで、押されるままに、またしてもロープの中に。そこは狭い旧紀州街道に沿った交差点で、民家の軒をすれすれにすり抜けるスリル満点のやり廻しを幸いにも次々と見物ができ、長年の念願を果たすことができました。

そろそろ疲れてきたので帰ろうと駅へ向かう途中、「破損渉外係」と白いタスキをかけたハッピ姿のおじさんを見かけ、さもありなんと納得する一幕も。

人出は36万人とのことで、私にとって久しぶりにスリルと興奮を味わった良き一日となりました。来年の関西合同三田会は泉州慶應倶楽部担当で、また「だんじり」が見られそうとの話もあり、今度は皆さんと一緒に元気をもらいに行きたいと思います。

≪慶早ゴルフ対抗戦レポート≫

廣川 守(昭57政)

毎年恒例のゴルフ慶早戦が9月8日神戸ゴルフ倶楽部で開催されました。
心配された台風も去り六甲山山頂に位置するコースは平地よりかなり涼しく絶好のゴルフ日和となりました。

このところ慶應は2連敗。今回こそと思うものの参加者は早稲田側の半分。不安を抱えながらのスタートでした。ご一緒したのは慶應のエース多木吉晴さん、早稲田の塩原さん、武市さん。この日の武市さんには早稲田の神様が舞い降りたとしか思えないプレーが続出。2ホール目のティーショットがチョロだったものの深いラフからの第2打がカップイン。大きめのアプローチはピンに当たり、強めのロングパットはカップイン。見事個人優勝を手にされました。神様がついて下さったのですから早稲田側の勝利も仕方ないとあきらめもつきました。

プレー後は松茸すき焼きを囲んでの懇親会。最後には勝利者側の校歌を歌う筈でしたが、皆様飲み過ぎのせいかすっかり忘れてしまい、早稲田側で参加した主人は3日間ぼやいておりました。

ちょっと一言

宮本 恭庸(昭62経)

このたび、多くの国内外ランプワーク作家及び関係者の皆様のご支援を得て、7月13日にKOBEとんぼ玉ミュージアムを開館させていただきました。
http://www.lampwork-museum.com

震災10年を迎えたKOBEのこの地に、ランプワークで創られたガラス作品を通して、新たな未来への夢と希望を与える『再生』『創生』の光を発信し、作家・関係者のみならず一般市民の方々にとりましても、誇り、そして心の拠りどころとなるミュージアムを目指してまいります。
どうぞ足をお運びください。
優待券を倶楽部にお届けしておりますので、どうぞご利用下さい。よろしくお願いします。

会長のひとり言

● 地球を守ろう という京都議定書にウンと言わないアメリカ。そのアメリカにハリケーンの猛威 天の怒りと違うのかなあ・・・

● バブルの後の長い不況もやっとトンネルの先に明かりが見えてきたみたい。やっぱり金融が落ち着いて来たんやろな・・・

● 某ファンドがどこそこの株を大量保有。いつまでマネーゲームで世の中を掻き乱すんやろ・・・

2005年9月号掲載

≪藤村富美男考≫

茂木立 仁(平1法)

藤村富美男 阪神タイガースの永久欠番10番の男である。昭和24年には年間46本の日本新記録を樹立し、阪神ダイナマイト打線の中軸である。 昭和42年生まれの私が、現役時代を見ることはなく、映像上でしか知らなかったが、子供のとき見た藤村の映像は、物干し竿と呼ばれる長いバットを扱い、豪快なホームランを打ち、ゆっくりとベースを回っているというものであった。それを見て、私は、藤村富美男はホームランバッターで、王や田淵のようなタイプの選手であると勝手に思っていた。
ほんのこの前まで本当にそう思っていた。ホームランを量産したから、実力人気もあり、初代ミスタータイガースといわれているのだと。

私は、昔からの野球おたくを自任し、少なくとも中学までは野球中心の人生を送っていた。また、高校野球やプロ野球の歴史(特に巨人について)について薀蓄を語るのが好きであった。
大学に入学して、東京に行くと、周りがすべて巨人ファンで、それ自体は当然と思っていたが、巨人ファンといいながら、巨人のことも大して知らず、野球のことももっと知らず、巨人が勝てばいいというその感覚にまったく同調できず、巨人ファンをやめた。その後もそれなりに野球を見てきたが、経済的な部分や試験勉強も忙しかったこともあって、少し遠ざかっている状況であった。

ただ、最近仕事をするにおいても、自分の趣味の域を広げることで、サービス業にはプラスになるという言い訳から、また、経済的にも自分の好きなものが買うことができるようになったため、野球の歴史物を購入するようになった。

先日、ヤフーオークションでビデオ4巻セット「阪神ダイナマイト打線」「南海百万ドル内野陣」等を20,000円で衝動買いした。購入後早速、ビデオを見た。そこには私の認識とは、まったく違う藤村富美男という選手が映し出されていた。
守備ではボールに飛びつき、ダイビングキャッチをし、走ってはヘッドスライディングをする、三拍子そろった、選手が写っていたのである。
藤村富美男は、単なるホームランバッターではなかったのだ。
そういわれればそうである。確かに、ホームランバッターは相応に人気が出る。しかし、ミスタータイガースといわれた村山にしても、単に勝利をたくさん挙げていたからいわれたわけではない。阪神ファンが、単にホームランを量産するバッターにミスタータイガースなどという称号を与えるわけはないのである。
私からすれば、まさに長嶋茂雄と同じ空気を持った選手であったのである(私の評価は間違っているでしょうか?)。

神戸で生まれて、小学校1年生となった息子は、毎日阪神のユニフォームを着て登校している。選手の背番号を当然に覚え、バリバリの阪神ファンとなっている。甲子園にも何回となく通っている。私のような変な薀蓄語りにはなってほしくはないが、野球を好きになってくれてよかったと思っている。

≪ミュージカル観劇ツアー第2弾≫

堀 友子(昭43商)

樫根さんの6月号投稿の続きです。

5月の東京四季「オペラ座・・・」「キャッツ」2連チャンに続き、6月は大阪で「マンマ・ミア!」
もっともっと探求したいと、世間はお盆だという暑い最中の8月、静岡まで「クレージー・フォー・ユー」を追っかけて行きました。K女史は前日東京でキャッツを観劇、二人は静岡駅改札口で合流し会場へタクシーで乗り付けるという狂いぶり。

♪CRAZYforYOU♪・・・ガーシュインの作品で、ミュージカルの原点ともいうスタイルのラブ・コメディです。スタンダードなメロディと演出の面白さ、卓越したダンスの妙にすっかりはまり込んでしまいました。前から聞き及んでいたとおり“何なのこの舞台は!・・・”

ストーリー自体は肩の凝らない他愛のないもので、ペーソスとモダンさを兼ね備えたホンワリした仕上がりに観る者を心から楽しませてくれます。

特にダンスでは、ロープを使い女性の体をベースに見立てたり、お盆や椅子を使って軽妙にタップを踏んだりと趣向を凝らした面白さに目を見張ります。とにかく観客を飽きさせないどころか、舞台に引き込まれそうになるくらい迫力満点の興奮度に自分も舞台に参加しているような錯覚に・・・。

加藤敬二他キャスト全員のダンスと歌のレベルの高さに、これぞエンターテイメント実感!!・・・(つい我を忘れてしまいました・・・)

これだから追っかけは止められないのです。実は10月に再び東京、引き続き広島遠征も密かに計画中なのです。機会があればまたご報告します。
格言『3Kを大切に』・3Kとは、感謝・感激・感動

ちょっと一言

高嶋 哲夫(昭48工)

拙著、『M8』(集英社)の漫画版が発売になります。平松伸二さんという有名な漫画家さんが、描いています。すごく迫力がありますよ。
原作より、面白かったりして。
よろしくお願いします。

ちょっと気になるホームページ

「故岡本彰祐氏を偲んで」
昨年12月にご逝去されました神戸慶應倶楽部顧問の岡本彰祐先輩(昭16医)の偉業を偲ぶHPを岡本先生の研究所の方々が立ち上げられましたのでご紹介いたします。
≪Okamoto Room≫
http://www.hit-center.jp/contents/okamotosensei.html

こちらのサイトでは、BRB「社中の心」第1弾のエッセイの連載も掲載されております。
ぜひご覧ください。

会長のひとり言

子供の絵っていいですね。
大人と違って形も色も変な常識にとらわれていないからでしょうね。勢いもあるしそんな絵を私も描きたいなあ。

2005年8月号掲載

≪これからの資源は、
人々の潜在能力だ!≫

浦上 忠文(昭44政)

皆さまの熱い応援のお陰で、神戸市議生活も満10年を迎えることが出来ました。先日の本会議で勤続10年の表彰を受けました。心より、感謝申し上げます。

10年間市議を務めさせて頂いて、いちばん気になることは、「世の中、なんでこんなに元気が無い人が多いんだ!」ということです。幼い頃からの「あれしてはいけない。これしてはいけない」「あなたには無理だ」というような条件づけに影響されてか、何事にも消極的、否定的、後ろ向きの方が多すぎます。 私は、この21世紀を切り開いていく世界の資源は、「個人ひとりひとりの潜在能力」だと考えています。それは、目には見えませんが、限りなく豊かに存在しています。

21世紀の政治の大テーマは、「個人ひとりひとりの潜在能力」を引き出す役割です。この役割は、世界の発展や平和に、数字で弾き出せないほどの大きな貢献が出来るものではないでしょうか。

自分の豊かな潜在能力に気づいたとき、人は、積極的、肯定的、前向きに行動し始めるものです。そこで私は、一人ひとりの潜在能力を引き出すために、私塾「うらがみ大学」を創設しようと活動を始めています。手始めに、ケータイホームページで「今日のうらがみ大学」という、潜在能力を自由に発揮するために役立つミニ講義を、毎日発信し始めました。

お持ちの携帯電話に、後記のURLをご登録いただきますと、自動受信。毎日、「うらがみ大学」をご覧いただけます。毎日、内容を更新することは、厳しいものがありますが、神戸や日本の元気のために、真剣に取り組んでまいります。塾社中の皆さまには、ぜひ読んで頂いて、ご意見をお寄せ下さいますようお願い申し上げます。

http://chiiki.ne.jp/uragami/

≪お江戸へ戻って3ヶ月≫

辰野 芳之(昭42経)

ご無沙汰しています。
みなさんお元気でしょうか?

神戸を離れ、お江戸へ戻って早や3ヶ月です。
会報などお送りいただきありがとうございます。
おかげさまで、そちらの様子は何となく解っているような気がしていますが、夕方のNHKなどで神戸港モザイクが映ると 実になつかしく思うこのごろです。

第二の故郷神戸から喧騒の街、東京へかえってきました。しばらく離れている間に 東京は大きく変わっていました。

六本木、汐留、品川などなど あたらしい街が誕生し賑わっている。地下鉄大江戸線が走り、渋谷から横浜中華街が直結し、湘南新宿ラインで栃木〜横浜方面の直通が走るなど利便性は随分高まっています。

関西に比べ経済の活力は相当あるように思われます。ところが、ゆとりとか、うるおいとか、文化とか、歴史とか、今ひとつ足りないように感じられてなりません。人がせかせか動きまわっているからなのでしょう。

新しい職場、泉州電業にもだいぶ慣れ、私もすっかりお江戸人のペースになってしまいました。
いずれ大阪への出張もあるでしょう。其の折には神戸へも足を伸ばしたいと考えています。
五代会長はじめ皆さんのご多幸をお祈りします。

2005年7月号掲載

上島 康男(昭33法)

会員の皆様、5月の総会には福井有君の大手前学園理事長就任披露パーティと重なり(私、同学園理事)欠席しましたが、ご盛会であったと承りご同慶の至りです。

さて、6月1日慶應連合三田会の2005年度定時常議員会が帝国ホテルに於いて開催され、常議員に再選されましたので、2005年4月より2年間引き続き務めます。尚、当日の総会には関西不動産三田会からとして芦原直哉君が、又5年前まで神戸慶應倶楽部に在籍されていた金田政也君が4月に新設された東久留米三田会の幹事長として出席しておられました。又お久し振りに瀬戸雄三様にもお目にかかれました。

この度の塾長選では安西祐一郎塾長が再選されましたが、常任理事が大巾に改選され、4年間お世話になり皆様にもなじみ深かった田中俊郎君が退任され、三田会担当常任理事として森 征一君が選任されましたので、ご挨拶しておきました。以上ご報告まで。

≪ディジョンマスタードの楽しみ≫

畑 斗茂美(平5経)

昨夏、欧州を旅行したとき、フランスのディジョンをまわった。パリからTGVで約2時間程度南下するブルゴーニュ地方の中心都市である。中心都市といっても小規模な街で、一日あれば街をほぼ概観できる。
ブルゴーニュ地方の都市なので、ワインが美味しいのは当然として、ディジョンはマスタードも有名である。日本でも少し高級なマーケットなどでよく売られているMAILLE(マイユ)というマスタードのメーカは創業1720年と老舗らしい。本店がディジョン中心街にある。
もしもディジョンを訪問される機会があったら、是非このマイユ本店に立ち寄られることをお勧めする。マスタードといえば、いわゆる練りマスタードか、粒入りマスタードくらいしか知らなかったが、ハーゲンダッツやサーティーワン
のアイスクリームを選ぶように、各種フレーバーのマスタードが並んでいる中から、好きなフレーバーのマスタードを選ぶというのは、結構新鮮で楽しい。
重いのを承知で、各方面へのお土産と自宅用にと、気になったフレーバー5種類ほど20瓶ばかり購入して帰国し、その後早速それらのマスタードを使って料理してみた。

※クルミのマスタード
火を加えると、クルミの香りが立ち上ってくる。ツンとするマスタード特有の辛味はほとんどない。いろんな料理に使ったが、一番気に入ったのは、ハンバーグのソースとして使ったとき。焼き汁にマスタードと生クリームとキノコの類をあわせたらクルミの風味と肉汁でまろやかな味のソースになって、いつもとはちょっと違うハンバーグになってくれた。

※3種のハーブのマスタード
エメラルドグリーンの色がとてもきれい。さっぱりしているので、舌平目をムニエルにして、焼き汁にマスタードを合わせて緑のソースを作り、温野菜と共にお皿に散らすと見た目にも美しかった。

※カシスのマスタード
鮮やかなローズ色。優しい色合いとは逆に、強い辛味をもつ。冬場に豚や牛の塊り肉を買ってきて、ワインと人参・セロリ・パセリなどの香味野菜と合わせて煮込み、ただこのマスタードを添えて食べたら色も味もよいアクセントになってくれた。

・・・と、フランスからはるばる来日したマスタード達は、重い思いをして持って帰ってきただけのことはある活躍ぶりで、我が家の食卓を大いに盛り上げてくれた。おかげで毎夜の飲酒量が増えてしまったのはいうまでもないが。

≪ホームカミングデイ≫

徳丸 由里(昭55文)

今年3月、卒業25周年を迎える塾員として大学の卒業式に参列しました。
前日の夕方、夫と2人の息子と愛犬に留守を頼んで1人新幹線に乗り、その日は新横浜のホテルに宿泊。こんなことは結婚以来はじめてで、何とも言えない開放感を味わいました。翌朝は友人2人と日吉駅で待ち合わせをしていました。駅はすっかり変わってしまっている上に、ものすごい人。卒業生とその保護者に加えて25周年の塾員達が同時刻に降り立つのですから、無理もありません。こんな人ごみの中で友人に会えるかしら、とすっかり不安になる私。すると不意に、何やら見憶えのあるようなないようなオジさんが、「よっ、久しぶり!ムツオも来てるよ。またあとでねー。」と声をかけてきました。“えっ、この人誰?それに『ムツオ』って?”頭の中は混乱を極めましたが、とりあえず「う、うん。」と引きつりながらも精一杯の笑顔を返しました。何とか友人たちと落ち合い、人込みに押されながら幾度かの信号待ちをして横断歩道を渡ると、そこにはやっとあの懐かしい銀杏並木。ここからは昔のままでした。学生の頃は1度も上がったことのない2階席から見渡す記念館。ここで体育のマット運動をしたものです。席を埋め尽くす卒業生達を見ていると、あれから25年も経ってしまったのか、と改めて感慨が・・・・。その卒業生に負けじと塾歌を熱唱する顔・顔・顔。あの滾る(たぎる)ような若き血がちょっとドロドロになっても、髪がすっかり薄くなっても、みんなの顔はそれぞれの人生を精一杯生きてきた誇りで輝いているように、私には見えました。式が終わると二幸食堂でパーティがあり、ここで、さきほど声をかけてくれた彼とムツオ君は、私が所属していた「卒業アルバム委員会」の仲間であったことが判明しました。(月日が経つって、ほんとにオソロシイ・・・。)これから25周年を迎える皆さん、ホームカミングデイには是非とも参加されることをお勧めします。必ずや、懐かしい再会と新しい発見があることでしょう。

2005年6月号掲載

≪遠隔地会員藤岡幸夫の活躍振り≫

遠隔地会員藤井 文明(昭39工)

遠隔地会員藤岡幸夫(昭60文)に代わって最近の彼の活躍振りを紹介しましょう。

小生は彼を当地で支える後援会の事務局長をしていて、後援会総責任者はどなたもご存知の青戸統子様です。ご承知の方もおられるでしょうが、彼はオーケストラの指揮者で、今は関西フィルハーモニー管弦楽団(関フィルと略して呼んでいます)の正指揮者として関西のみならず四国や中国地方、東京でも関フィルとともに公演して好評を博しています。特に関西では大阪のザ・シンフォニーホールやいずみホール、神戸の松方ホールでの公演を数多く手掛けています。また大阪弁天町にある関フィルの練習場があるオークホールでの手軽な演奏会も地域の方々から同様に好評を頂いています。彼の指揮する姿は普通の会場では後姿しか見えませんが、大きな身振りで激しく、小さなジェスチュアでピアニッシモと自由自在に全楽団員をリードして行く様は実にほれぼれします。皆様も是非一度彼が指揮する演奏会にお出掛け下さい。

後援会の行事として年一回4月に「総会兼藤岡幸夫を囲む会」を開催して、美味しい料理と関フィルのメンバーによる生演奏を聞くという贅沢な催しを行っています。

また国内にとどまらずスウェーデンやオーストラリア、イギリスなどへも単身で行き、現地のオーケストラを振ることも数多く、総会での発言者の中から海外へも追っ掛けをしたいとの紹介がありました。神戸は伝統的にジャズが定着したイメージですが、クラシックもいいものだと実感して頂くのには、彼の振る公演に接して頂いたらきっと納得して頂けると確信します。

≪開高健 裸の大様より≫

島田 博充(昭48商)

1時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。
3日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。
永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。
――中国古諺――
不動産屋の独り言―――裸の大様にならないために。

誰もが不動産の値上がりが続くとは思っていませんでしたが、値上がりを見込んでマンションを買いました。そして今、誰もが低金利が続くとは思っていません。が、利回りでマンションを買っています。不動産にかかわる日本人は金利が上がったら>>との高所恐怖症に感染しつつあります。しかし外国人はいけいけドンドンです。不動産の還元利回りは(国債利回り+リスクプレミアム)です。日本人は国債利回りが気になります。しかし外人はリスクプレミアムを気にします。REITを指標にすれば、日本国債は1.5%。それにリスクプレミアム2.5%で還元利回りは4%前後です。しかし米国のリスクプレミアムは1%前後だそうです。日本の不動産屋はそんなに信用がないんでしょうか?・・・・

結論から言えばこの1.5%の差が国債の状況がこのままならリスクプレミアムは外人の標準に向け、きり下がり、それにより不動産の価格は上昇します。長期金利上昇分はリスクプレミアム下落で吸収できると考えられます。わが国も、定期借家、競売、民事執行、サービサ―、ノンリコースローン等の各制度の改正と定着、建物へのデユーデリーや物件価格への収益還元の考え方等々、米国標準に近づきつつあります。それにもまして、価値観の異なる者どうしの意志の疎通には難しいものがあるようです。

≪ミュージカル観劇ツアー≫

樫根 みづえ (昭41政)

友人の堀友子さんから東京で公演中の劇団四季の「オペラ座の怪人」と「キャッツ」の観劇ツアーのお誘いメールがあったのは2月のことであった。「オペラ座の怪人」はぜひ観たかった演目、「キャッツ」は3回目になるが、又機会があればと思っていたところだったので迷わず快諾したものの、“観劇のはしご”に満足してしまい、ミュージカルをじっくり味わうことが二の次になってしまうのではとの心配もなくはなかった。そして5月、とつとうその日が来た。

「オペラ座の怪人」は、ガストン・ルルーの原作をもとにアンドリュー・ロイド=ウェバーが作曲したミュージカルで、オペラ座の地下深く棲む“オペラ座の怪人”と歌姫クリスティーヌの悲恋物語。アンドリュー・ロイド=ウェバーの甘美な旋律は一悲劇性をより強くして、観る者を酔わせてくれた。特に怪人役の高井治の歌声は胸に沁みた。例のシャンデリアの揺れる場面に見られるような重厚な舞台も素晴らしかった。余韻を楽しみつつ、ツアー第2弾「キャッツ」観劇へと五反田のキャッツ・シアターへ向かった。

「キャッツ」は英国の詩人T・S・エリオットの詩集を下敷きに、これもアンドリュー・ロイド=ウェバーが作曲したミュージカル。街の片隅のゴミ捨て場で24匹の猫たちの年に一度の舞踏会。そこでそれぞれの生き方を精一杯演じあい、天上に上り新しい人生を生きることを許されるただ一匹のジェリクルキャッツが選ばれる。

180度も回転する客席、“猫たち”の素晴らしいダンス、美しい歌声、客席のそこここに猫がいて私達も猫になったような一体感。その中でも娼婦猫グリザベラの歌う「メモリー」は何回観ても聞いても感動モノである。人生のほろ苦さ、孤独感を味わいながらも、辛いことはすべて過去になってしまい、生きる勇気を与えてくれることを暗示しているこの歌に「キャッツ」の娯楽性だけでない深さを感じた。

一日に二本のミュージカルをこのようにじっくり味わえる感性がまだ残っていたことに少なからず自信を持った。このような楽しくて、チョッピリ過酷な(?)プランに誘ってくださった堀さんに大いに感謝です。また是非ご一緒にクレージーに楽しみましょう!

≪ちょっと一言≫

徳丸 由里 (昭55文)

4月に長男の入学式に家族で日吉に行って参りました。卒業50周年を迎えるOBが1900名中1000名ほども参列しておられ、中には作曲家の小林亜星氏のお顔もありました。塾への想いは卒業して月日が経つにつれ大きくなるのかもしれませんね。

2005年5月号掲載

≪女の気持ち・男の気持ち≫

松尾 茂生(昭60商)

どうしたら、もてるのか?どうしたら、慕われるのか?わかるようでわからない。
異性を意識するのは活力の元。桜は散っても心はいくつになっても春でありたい。
大切なのは思いやりと感謝の心かな?やっぱり女性はすばらしい。

<女と男は、なぜこんなに感覚や行動や欲望がちがうのか?>
* 女は自分の部屋に「住む」為に帰り、男は「寝る」為に帰る。
* 女はすれ違うカップルの同性が気になり、男は異性が気になる。
* 女はタバコが格好いいから吸い、男はうまいから吸う。
* 女は好きな男に失望して浮気するが、男は好きな女がいても浮気する。
* 女は関心のあるものに無関心を装い、男はすぐに手を出す。
* 女は親密になるとなんでも話せる間柄になりたいと思い、男は何も話さなくても分かる間柄になりたいと思う。
* 女は欲求不満を満たす為に食べ、男は空腹を満たす為に食べる。
* 女は男の前では不可解な女を装い、男は女の前では素性が明るいことを強調する。
* 女の友情は他を排斥することで生まれ、男の友情は引き合う力によって生まれる。
* 女は愛し始めた男にうそを言い、男は愛さなくなった女にうそを言う。
* 女は経験を隠し、男は未経験を隠す。
* 女は若く見られたいと願い、男は若く見られたくないと願う。
* 女は男との愛を形あるもので確証し、男は女との愛を形のないもので確証する。
* 女は大切な異性には形のないものを与えようとし、男は大切な異性には形のあるものを与えようとする。

≪インドネシアに長期滞在することに・・≫

池田 雅彦(昭39工)

 倶楽部の皆さん、大変ご無沙汰してしまいましたが、お変わりございませんか?

 2月に当地Jakartaに来て早や3ヶ月が経とうとしています。当初の計画では年に6ヶ月だけ来てくれと言うことでしたが、色々な重要課題と重要プロジェクトがあって、是非手伝ってほしいと懇願され、とうとう契約を変更して、来年イッパイ当地で手伝わなければならない羽目になってしまいました。

 日本は、マネーゲームに翻弄されて、今まで技術立国としての日本を支えてきたメーカーまでもが「本来あるべき姿」を見失ったかのように思われます。この何年間American Standardの指標を気にするあまり、「もの造り」の基本、例えば企業独自の伝統的な「基本思想」に基づいた「技術開発と設計」を蔑ろにして、株主に人気のある「効率重視経営」に傾き過ぎたために、品質や安全で問題が多発しているというのが現状です。

もっとも高度成長時代に金と時間をかけて育てた技術者が定年退職してしまったことも歯止めのかからない大きな原因ですが・・・。このままでは二流国に脱落してしまうのではと危惧しています。

 私のいるネシアの会社でも例外ではなく建直しが急務な訳ですが、暑いネシアでの仕事は辛いものがありますが、生涯の最後の仕事だから・・・と家内を説得し、老体に鞭打っておる次第です。

 4月に2ヶ月間一時帰国するという契約でしたが、1週間だけ日本に出張しただけでしたので、皆さんには連絡も取らず、大変失礼してしまいました。

 6月には諸手続きもあり一時帰国しようと考えており、時間が許せば倶楽部にも立ち寄りたいと考えています。

≪会長のひとり言≫

街中で水彩スケッチ描いてたら面白いんですわ。大人はみんな遠慮してるのか、チラッと遠目で見るだけで通り過ぎるけど、子供は寄って来てオッチャンうまいなと言ってくれる。

ヨーロッパでこれやったら大人もみんな寄って来てしゃべりかけて来る。この違い一体何なんやろ?

2005年4月号掲載

≪陸の王者慶應・・・高校野球応援記≫

田嶋 紀雄(昭38工)

3月24日、塾高対岡山関西高校戦。
一塁側アルプススタンドに着けばすでに長い列が出来、関係者が交通整理をしている状態であった。スタンドに入ると慶應側はすでに満員の状態。

試合開始早々から降り出した雨で、5回の途中でグランドはテカテカ光り、センター方向から雨が走って見えるほどのひどさ。雷の注意報が出されるなど、嵐の中の熱戦となった。それでも選手は元気一杯だし、慶早戦を思い起こすような応援指導部の指導でスタンドがゆれる。整然と踊るチアーガールも楽しませてくれる。試合そのものが先行、逆転、再逆転と白熱戦。点が入る毎に肩を組んで「若き血」の合唱。点を取られると「頑張れ頑張れバヤシ!」とで中林投手を激励。

7回に3点を取られて逆転されたが、その裏に3点を取って再逆転と粘る。忙しく若き血の合唱で大興奮。同点の9回には2アウト満塁。2−3のピンチを切り抜ける。その裏満塁からピンチヒッターが逆転のサヨナラ打。8対7。雨でグシャグシャになったとんがり帽子のメガホンが宙を舞う。ハラハラドキドキ、こんな素晴らしい試合は滅多に見られない。

その足で東天閣での月例会に出席。他に5名ほど観戦者がいた。皆夫々に感動を語り合い、興奮冷めやらず。54年卒の塾高出身者の堀 雅博さんは会社を休んで応援に行って本当に良かったと感動の挨拶。小泉首相以上に「感動した!」の一日でした。2回戦は皆で応援に行きましょう。

≪2回戦も勝利!≫

堀 友子(昭43商)

3月29日、福井商業と対戦。
この日は初戦とは打って変わっての好天。1塁

側に陣取ったOB・OGの面々、どの顔も神宮を彷彿させてくれる嬉しさに溢れて見えます。
今回も同点ハラハラドキドキ感、そしてだめ押しの2点追加、肩を組んでの若き血は益々踊り、最後には2度目の塾歌斉唱。あと3回はどうしても歌わなければ・・・・。
高校生諸君、感動をありがとう!

≪停 煙≫

梶田 裕嗣(昭56法)

11月の中旬にかかりつけの医師より「タバコを止めるように。」と言われ、本日に到るまで停煙を続けております(禁煙と言い切れないのは、今回が2度目で、前回は残念ながら3ヶ月目で我慢が続かず吸ってしまった実績があるからです。)。

ストップした当初は苦しくて仕方がなかったのは勿論ですが、最近に至っても副流煙が悪いのを分かりながら、新幹線ではつい喫煙車輌に乗ってしまいますし、酒席でも紫煙をこっそり嗅いでしまうわで、今更ながら自分の意志の弱さとタバコの習慣性のきつさを感じさせてくれます。
自宅では家内、娘たちが共にタバコ嫌いのため評価も上がり、寒いベランダやレンジの下でこそこそと吸うこともなくなりました。

会社でもとうとう灰皿がなくなり事務職員の灰捨て、灰皿洗いの仕事が省ける上、匂いもなくなり好評です(私だけが最後まで吸っておりました)。

思えば初めて吸ったのはセブンスターでした。それ以降エコーをしばらく続け、大学の時は外ではハイライトかセブンスター系、家ではエコーと組み合わせて吸っていたように思います(要はいいかっこしていたわけです。)。当時はタバコに対して世間は寛容でした。雀荘は紫煙でもうもう、プラットホームでも飛行機の中でも吸い放題ではなかったでしょうか。ここ10年程で健康志向からか禁煙の気運が高まり本当に愛煙家の場所はなくなりました。しかしやめてみて思うのですが、体は肥えるわいらいらするわで別の成人病になるような気がするのは私の思い過ごしでしょうか。

≪会長のひとり言≫

◎ 冬の雨は冷たいな・・・
春の雨はロマンがある・・・
夏の雨は気持ちが良い・・・
秋の雨は・・・皆さんいかがですか?
◎ 失敗してもいいから前向きでチャレンジする気持ちをずっと持ちたいもんです・・・
◎ この間、聞いた話では、日本の人口の推移は、
縄文時代は600万人
平安時代は3000万人
江戸時代は6000万人
西暦2000年で1億2000万人
それが、西暦2100年には6500万人だそうです。この先日本はどうなるんでしょう?

2005年3月号掲載

≪慶應義塾高校甲子園へ!≫

青戸 統子(昭29文)

9年前、“塾”1月号塾員山脈で慶應義塾高校野球部上田監督(S56経)の記事を見ました。

就任6年目にして低迷していた野球部を35年ぶりに関東大会ベスト8に、そして神奈川県大会の決勝へ、ここで勝てば甲子園と新聞は「中学時代は塾通いの部員ばかり。偏差値75のIQ軍団!」と大騒ぎ。残念ながら惜敗。しかし旧い精神主義の体罰、絶対服従を否定した監督のポリシーは感動でした。

全くの初心者部員達に栄養学・運動生理学から体力をつけながら学年の上下関係無い打撃中心の練習。野球強豪校とは違うのだから、勝負より自由に野球を楽しめ!がそのうち力を発揮してきてこの成果を作れたのでした。旧い体質を必要悪?とあきらめていた私は監督に極めて同感!とのエールを送ったら、思いがけず丁寧なお礼状が!いつの日か甲子園での勇姿をお目にかけられますようとありました。
今回45年ぶりに選抜甲子園出場のニュース。

監督の思想と努力が報いられた事に嬉し涙でお祝い状を出してしまいました。 翌日、監督からお礼の電話が。若き血が燃えました。

◎ 塾高から次のようなご案内が来ております。
「甲子園球場での応援について(お願い)」
(前略・中略))関西の三田会の皆様にはアルプススタンドに近く、応援団席と一体感の持てる1・3塁特別自由席券を予め学校が購入し、確実に入場できる便宜を図るという対応をさせていただきたいと存じます。(中略)甲子園のスタンドを三色旗で一杯にしたいと存じます。(後略)
またホームページhttp://www.hs.keio.ac.jpに随時情報を載せますので、ご覧いただければ幸いです。

わが神戸慶應倶楽部からも応援に駆けつけたいと思います。試合の日程は未定ですが、チケット(1枚1,200円)購入ご希望の方は、3月11日(金)までに事務局にお申し込みください。

≪愛・地球博≫

藤井 文明(昭39工)

 

3月25日から半年間、愛知県の長久手町と瀬戸市にまたがる地帯で世界中から見学に来て頂く一大行事が始まります。

小生は実は万博開催地、瀬戸市の生まれでして、生まれ故郷で世界の博覧会が開催されるのを目の当たりにして、感慨無量です。

瀬戸と言えば瀬戸物とピンとくる人はむしろ少数派で、瀬戸内海の方ですかと問い返されたことがしばしばありましたが、もうこれで“ああ万博の瀬戸ね”と名前が定着してくれることを期待しています。人の集まる施設として、東には東京ディズニーランド、西にはユニバーサルスタジオジャパンにはさまれて、名古屋へ誘った客人に用事が終わったあとどこを案内すればいいか地元の者でも迷ってしまうのが常だったのですが、これで一つの目玉が出来た訳です。しかし万博は終わったら元通りにするのが建前、その後はどんな期待が持てるのかは私自身理解していません。

35年前には丁度家内のお腹の中に次女がいて、その後お前がお腹の中にいた時万博に行ったんだよと言うと、その娘になぜ私が生まれてから行かなかったのと抗議されて、生まれてから行ったら終わってしまっていたよと言い返しても中々納得しなかった思い出があります。その娘も今は一児の母親になっており、月日の経つのは本当に早いものだと痛感します。万博へ行かれる時にはまず小生にもご一報下さい。出来るだけ便宜を図らせて頂きます。

≪会長のひとり言≫

 

◎ UFOって本当にいるらしいですよ。 小さいのはドッジボールの大きさ、大きいのは葉巻のように細長くて長さが30kmもあるんですって。地球と違う銀河系から人類よりずっとずっと高度な生物がUFOを飛ばしてくることがほヾ確認されてるってことです。

◎ 宝くじでも当たらんやろか、と思っている人多 いでしょうね。お金が全てではないけど、あったら有り難いですからね。

2005年2月号掲載

≪遅まきながらハネムーン!≫

畑 斗茂美(平5経)

今年9月終わりに結婚後1年たってようやく新婚旅行にでかけた。行き先選びに大層迷ったが、ロンドンに入りユーロスターでパリにわたって、そこからTGVでブルゴーニュワインの産地等を巡り、美味しいワインと料理を堪能しようという事に決めた。他に候補だったのは、BRB6月号で坂本会員が書いておられたスコッチウイスキーの産地を訪ねる企画であり、どちらにせよお酒絡み。旅行は何かテーマみたいなものがあったほうが一層楽しめる気がするが、お酒以外のテーマが浮かんでこないのが問題だと思わなくもない。

最初に入ったロンドンはテーマと無関係で、在住している大学時代の友人と会う為だったが、ここを経由した事で、後のフランスでの食事の美味しさが際立つ結果となった。

運悪くパリを経由する日が大規模なモーターショウの開催期間で、手頃なプチホテルは軒並み満室。結局パリ郊外の、ミレー・ルソー等多くの画家が居を構えその素朴な風景を描いたことで有名なバルビゾン村で、昭和天皇もかつて利用されたというシャトーホテルに宿泊した。併設のレストランでジビエ料理とちょっと高級なワインを飲食して満足。ただそうそう日本でジビエなど食べつけないので、いささか私には臭みが強すぎた気もする。

パリに戻ってTGVで南下してリヨンへ。ブルゴーニュ地方ではないが、美食の街ということで旅程に加えた。ローヌとソーヌというふたつの川が縦断する街は本当に美しく、丘からみる景観もとてもすばらしい。街にはブション(フランス語でコルクの意)と呼ばれる居酒屋が点在するが、居酒屋とは思えない料理の美味しさとワインの豊富さに感動!!これ以上お腹に入らないという位、コート・デュ・ローヌとパテを飲食して2人で5000円程度という安さも魅力。パテはアルミ型に入ったもの(美味!!)がどかっとテーブルにおかれ、好きなだけ取って食べてよしという気軽さ。つけあわせのピクルスも壷ごと。

ブルゴーニュ地方は、ディジョンとボーヌの2都市をまわった。2都市間には数多くのブドウ畑とワイナリーが点在し、バスツアーに参加すると畑やセラーを見学しながら試飲もさせてくれる。有名なロマネ・コンティの畑も見ることができた。年間わずか6000本程度しか作られないワインのぶどう畑はたった50Haばかりの区画で、周囲を囲む石壁には恭しく「Romanee-Conti」と記されていた。さすがにワイン本体には手が出ないので、畑の写真だけとって我慢した。

ディジョンも美食の街として有名で、牛や兎を土地のワインで煮込んだ料理やエスカルゴ等を食べたが大層美味しい。フランス料理の本に頻出する色とりどりのディジョン・マスタードが添えられて見た目も楽しかった。

当初の旅のテーマだった美味しいワインと料理を堪能することにつき、大満足して帰ってきた。おかげで元の体重に戻すのに数週間かかったが・・・・。

≪賀詞交歓会≫

事務局:糸海恵津子

 

新年1月5日(水)倶楽部ルームにおいて新年の初顔合わせが行なわれました。

開室を待ちかねた会員の皆さまが三々五々集まられ、夕方5時のお開きまで総勢約30名の方々が、日頃の例会とはまた違った雰囲気で和やかに歓談されました。時事問題、趣味、旅行、ゴルフなど多方面にわたり話題が尽きることなく、皆さま方の造詣の深さに改めて感じ入りました。

途中用意していた笹の葉すしが好評で、お酒も足りなくなり、急ぎ大丸に2度も買いに走るという嬉しいハプニングもございました。

会員の皆さま、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2005年新年号掲載

≪感情移入のコミュニケーション≫

森本 泰暢(昭60法)

昨年に結婚したのですが、41歳まで独身でいると周りからは「ホモ」だとか「変態」と言われるようになっていたのですが、今はそれが解消しただけでも良かったと感じています。数年前に既婚の友人が「嫁さんというのは、何とも言えないプレッシャーを与えてくれる」と言ってましたが、最近やっとその感覚が理解できるようになりました。

そのプレッシャーを少なくするには、まずは今まで通り真面目な生活をすること。それと夫婦の会話の基本というか、すべての基本だと思うのですが、「人の話を真剣に聞く」ことが重要ではないかと感じてます。

これはスティーブン・R・コヴィー氏の著書「7つの習慣」に書かれていたことで、「感情移入のコミュニケーション」と表現されています。「相手を理解してから自分も理解される」ということで、今までは議論になるときは相手が言った内容に対して、聞きながら次はこのように切り返そうとか、只々話の切れるのを待って、自分の意見を言うことばかり考えている自分がありました。今は夫婦間の会話では日々のちょっとした話でも「真剣に聞く」ということを実行しているつもりです。

テレビ番組の面白い時、新聞を集中して読んでる時、出社前に仕事のことを考えてる時など、「こんなタイミングで話しかけるな」と思っても「真剣に聞く」を実行してると、仕事中も実行できるようになり、社内でのコミュニケーションも以前より良くなったと感じてます。 
また興味がありましたら「7つの習慣」をお読み下さい。

≪お茶についてのうんちく蘊蓄≫

上島 康男(昭33法)

お茶の木には小葉の木と、大葉の木がある。日本は殆どが小葉の木で緑茶が、そして大葉では主に中国茶や紅茶が生産されている。

お茶の葉は、摘んで置いておくとどんどん発酵して黒く変色してしまう。日本の緑茶は摘んで直ぐ(1時間以内)に蒸して熱をかけ発酵を止めるので、美しい緑色のお茶が出来る。
お茶の葉の色が緑から黒い色に変色するのは発酵が進むからで、発酵0%が緑茶、発酵を15%から75%と幅があるが矢張り熱をかけて途中で止めたのが半発酵茶で、発酵の度合により水色、香り、風味も緑茶に近いものから、紅茶に近いものまでバラエティーも豊富。そして100%発酵させたものが紅茶です。

ところが100%発酵の紅茶の中でインドのダージリンと云う紅茶は色が薄い。これはこの地方のお茶の木が他産地の大葉の木でなく、日本の緑茶産地と同じ小葉の木の為、50%発酵程度しか出来ない為です。

中国茶には多くの品種があるが、発酵の度合の少ない方から順に緑茶、白茶、黄茶、青茶、紅茶、黒茶と色で六つに分けている。

<無発酵茶>
【緑茶】 大陸でもっとも生産量、流通量ともに多い茶葉で、中国では烏龍茶が主流と思い込んでいる人もいるが、中国の緑茶を多くの人が飲んでいる。発酵の度合が少ないかもしくは無発酵なので摘みたての清涼感のある香りの物が多く、産地や工程によって風味の幅は広い。     代表的な茶葉:「西湖明前龍井」「望海茶」「黄山毛峰茶」など。

<半発酵茶>
【白茶】 弱発酵あるいは微発酵で揉まずに日干しにした茶葉。その多くが新芽に白い産毛が有る事から『白茶』と言われる。
代表的な茶葉:「寿眉」「白毫銀針」 
【黄茶】 基本的には弱発酵もしくは微発酵だが中には悶黄の工程が入り後発酵になるものもある。生産量の少ない希少な茶葉。
代表的な茶葉:「君山銀針」「霍山黄芽」
【青茶】 日本でも広く知られている「烏龍茶」や「鉄観音茶」などが有る茶葉。弱発酵から完全発酵一歩手前までが半発酵として扱われるため、その幅は広い。当然味わいも多種多様。
烏龍茶の魅力はその香りと優雅な甘み。「烏龍」の名の由来は、発酵によって、茶の葉がカラス(烏)のように黒くなり、形も萎縮して曲がりくねり龍に似ているためです。半発酵の烏龍茶は、緑茶と異なる点も多く、これが烏龍茶の特徴で、例えばカフェインが少ないのもその一つです。
代表的な茶葉:「木柵鉄観音」「高山烏龍茶」「凍頂烏龍茶」

<完全発酵茶>
【紅茶】 完全発酵の中国茶の『紅茶』は渋味が少なくぜひストレートで飲んでもらいたい。色はインドのアッサム種の紅茶と殆ど同じだが一線を画す。
代表的な茶葉:「祁門紅茶」「九曲紅梅」「政和工夫」

<後発酵茶>
【黒茶】 かび(菌)を作用して作られる「プーアール茶」はその代表。時を経て価値の出る茶葉が多く中国茶の中のヴィンテージもの。
そのかび臭さが気になる人は、一煎目は茶葉を洗うつもりで捨て、それでも独特の香りが気になるようなら二煎目、三煎目も捨てるぐらいでも良い。
代表的な茶葉:「プーアール茶」「餅茶」「雲南沱茶」

<花茶>
 茶葉に香り付けをした「花茶」は発酵度で区別したものとは別に独立して扱われる七つめの茶葉です。
【花茶】 緑茶や紅茶などに花などの香りを加えたフレーバーティーです。有名なのは皆さんご存じの「ジャスミン茶」などです。
代表的な茶葉:「ジャスミン茶」「茉莉繍球」(最近人気のボールタイプ)

≪ちょっと一言≫

高嶋 哲夫(昭48工)

12月9日、『流砂』(光文社文庫)が発売になりました。
「かけがえのない愛のために 男は砂漠へ飛んだ」(帯より)

小説宝石に連載中は「流砂のアフガン」、単行本は「アフガンの風」、そして「流砂」に落ち着きました。基本的には、恋愛小説だと思っているのですが・・・。よろしくお願いいたします。