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社 中 の 心


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社中の心 目次へ



森  隆
(昭和28年経)
2004年11月号〜12月号

第1話

私の選んだ道(73歳にして)』(1)

第2話

私の選んだ道(73歳にして)』(2)

2004年
11月号

『私の選んだ道(73歳にして)』(1)

私は、色々の言葉の中で、道という言葉が好きだ。
目を閉じて思いやる時、行先の見えない、それでいて夢の様なものを感じるローマへの道、シルクロードの道、歴史街道、熊野古道、どれ一つとっても同じ思いだ。

私は七十歳になった時、健康管理という事もあって、六甲山の魚屋道、表六甲から裏六甲、有馬へ通じる道を最初に選んだ。友人に誘われて芦屋から歩き始めた。二時間も歩くとばててしまいリュックを担いで歩けなかった。それでも友人に引っ張りあげられて、頂上に立つ時に味わう達成感、爽快感これは忘れることは出来ない。それ以来山にのめり込んでいった。誘われては付いて行く、何時の間にか日本の百名山を目指して登っていた。

今年冬の28年卒同窓会の時、山にのめり込んだ友人に、今まで登った山で高山植物の一番綺麗な所はと尋ねたら、即座に「それは、北アルプス、立山から薬師岳へ抜ける縦走路です。途中の五色ヶ原は最高ですよ。だが、道は険しく私の足では山小屋で、三泊から四泊はしなければ行けません。」この言葉が私を掻き立てた。

今年を逃しては二度と行けない。歩ける中に一度は行きたいと思う気持ちから、富山県の観光課、山岳警備隊、山岳ガイドに相談。道はしっかりしているし目印はある。しかし、北アルプスは山が大きいから体力が要る。その上天気が非常に変わり易く、午後は雷が危険、しかし梅雨期になれば昼からでも大丈夫という事だった。私は決心した。そして天気予報の梅雨明け宣言を一日千秋の思いで待った。

今年は西日本は好天が続いたが、北陸は中々梅雨が明けない。7月20日の天気予報では、22日は全国的に晴れマークだった。すかさず富山迄の切符を買い、前進基地を有峰口の国民宿舎に移し一人旅を決行した。

一日目の朝快晴、室堂迄バスで行き、登山開始して一時間で一の越山荘着昼食。午後も快晴、思い切って五色ヶ原山荘目指して出発。右に立山カルデラの絶壁、左に黒部湖を見下し、竜王岳、鬼ヶ岳、獅子ヶ岳等、山と山の間のアップダウンを繰り返し、ひたすら歩いた。獅子ヶ岳からザラ峠への道は崖400mの下りでロープを使い、梯子を下り、両手も使って岩の間を縫って歩くという道だ。

ザラ峠(2,348m)は戦国時代、佐々成政が富山から信州へ難渋して越えたという有名な峠で、ここから一時間今度は上りをひたすら歩き、四時半過ぎに五色ヶ原山荘に到着。六時間半の山歩きだった。五色ヶ原は山の中の平地で雪渓が残り、それが解けて池塘となり、その囲りを色とりどりの高山植物がこの時とばかり咲き乱れているという花の園、それにこの山荘には立派な風呂まであり快適そのもの天国の楽園だった。(続く )

2004年
12月号

『私の選んだ道(73歳にして)』(2)

二日目の朝は、五時に朝食、地図の上では六時間半の行程。二本分の水を持って、六時に出発、鳶山を目指した。背後に剣岳、立山、前方には目指す薬師岳、黒部左手前方には五郎岳、水晶岳、その奥に槍ヶ岳の尖峰が覗いている。真横には黒部ダム、その向いに針の木岳が聳えている。

その後はるか彼方に五龍岳、鹿島槍ヶ岳が見える。雲一点もない快晴の素晴しい景色を満喫しながら、アップダウンを繰返し越中沢岳、スゴの頭へと向った。余りに圧倒される景色に見とれてのんびり越中沢岳で昼食をとった時には、既に六時間経過、水も残り少なくペットボトル一本という状態に。これは急がねばとスゴの頭へと向ったが、そこからの下りが全くの難所で、このスゴの頭という名前は余りにも凄い所という意味で先人が付けた名前と私は思った。

スゴの乗越(鞍部)に降り立った時には体は火照るし喉は乾くし、水はペットボトルに少し残っているだけ。小屋迄地図の上ではまだ四十分の登り、これはとても大変、水を口に含んでは四回に分けて喉を潤すという今迄経験した事のないやり方で、やっとの思いで小屋に辿り着いた。なんと九時間半の山歩き、へとへとになってしまった。

三日目は悠々薬師岳を目指す。地図の上では、六時間の行程という事だが、小屋の人からは、中々きついよとの事。それに、昨日水が足りなかったので今日はペットボトル四本に、リュックがずっしりと重いが唯ひたすら登った。十分歩いたら息を整える。その度に、色とりどりの花に見とれる。

北薬師岳(2,900m)に着いた時には、既に六時間経過、昼食をとっていたら、あっという間に霧が出て来た。またまた急がねばと、最後の薬師岳の頂上を目指したが、これが又全くの悪路で、岩の間や瓦礫の上を歩く。しかも左側が崖で上り詰めたら岩一つ越えて今度は右側が又崖で、左側と右側の間は二m位、全く凄い所でやっとの思いで一時間かけて2,926mの薬師岳の頂上に立つ事が出来た。霧が濃くなって来る。今度は、雷に気をつけねばと休む間もなく瓦礫の道をドンドン下って、山荘に。

今日も九時間半歩いた。その日は土曜日だったので小屋は超満員、一枚の布団で二人寝る。水は雨水しかないので一切使えない。夕食終えて汗臭いままで寝る。その中物凄い大きな音がした。これは雷、しかも小屋の横に落ちたので、花火の大爆発の様なすごさだった。

四日目朝四時、大半の人がご来光を拝むという事で薬師岳頂上を目指したが、私は、朝食をすまし五時に下山を開始。今日は朝から霧の中、お花畑の群落を分けて歩く。夫々の花が一斉に咲いている。この厳しい気候、高山の岩場の中での共生に感動を覚える。

日曜日は、下山道で沢山の人が登って来るのに出会う。この道はよく整備されていた。しかしこの霧では、午後は雷雨になると確信し、急ぎ十kmの道を駆け下りた。

折立バス停には地図に書いてあるのと同じ六時間で下山出来嬉しかった。バスで宿へ着き風呂に入っていたらまた雷、なんと三時から六時迄鳴りっぱなし。停電はするし、アルプスの雷のスケールの大きさに驚かされた。
かくして日々山登りに励んでいる昨今だが、これも学生時代にワンダーフォーゲルで学んだ基礎をもう一度思い出し乍ら五十年の空白の後に選んだ私の道『大冒険』である。
(終わり)

雄大なアルプスのパノラマを見るようなスペクタクル。気分爽やかに読ませていただきました。これからもお元気で次なる冒険にチャレンジしてください。    (編集部)